TOKON10実行委員会公式ブログ

第49回SF大会TOKON10実行委員会の公式ブログです。
開催日程:2010年8月7日(土)〜8日(日)
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特別掲載:東京SF論『メガテンの記憶』
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     今回の東京SF論は、コンシューマーゲームを中心にマルチな展開を見せる『真・女神転生』(スーパーファミコンソフトほか、アトラス、1992)を取り扱います。
     言うまでもなく『女神転生』シリーズは、ゲームというジャンルにおいて、東京SFのコアへ最も接近した作品の一つであると言えるでしょう。
     その本質へ少しでも迫っていくため、まずは、『女神転生』シリーズに深く関わり、『女神転生供戞◆愎拭女神転生』、『偽典・女神転生』のメイン・シナリオライティングを担当された鈴木大司教こと鈴木一也様にお願いして、『女神転生』についての文章を書いていただきました。
     なお、鈴木一也様は過去、SF大会にゲストで招かれたこともあるほどSFに対しても理解が深いのですが、創作への情熱がほとばしるこの文章を目にすれば、東京というダンジョンを表現する鈴木一也様の視点が、まさしくSFにほかならないことがわかるでしょう。

     


    メガテンの記憶

    ゲームクリエイター 鈴木一也



    ≪メガテン前夜≫
     『デジタルデビルストーリー―女神転生―』は、小説家西谷史(にしたにあや)先生のデビュー作であった。西谷先生が小説家として身を立てようとする動機を与えたのが、ラブクラフト作品だと伺ったことがある。メガテンというRPG界の妖花は、実はこうしたところに最初の根を張っていたのである。
     この作品が発表された当時、伝奇モノと云われるバイオレンスとセックスとクリーチャーの盛り合わせが流行していたのだが、『デジタルデビルストーリー』は、そのラノベ版であったと云えるだろう。ラノベというジャンルも、ちょうどそのころから台頭していくのである。
     1980年代の終わり、ファミコンソフトを出せばミリオンヒットという黄金期はすでに終わっていた。そんな時代に『女神転生』は、メディアミックス展開によって新たに売り出されることになった。今は亡き名プロデューサー井上堯氏が三面六臂の働きをして、OVA、MS−X版ゲームソフト、ファミコンソフトと同時展開させ、メガテンの歴史を始めるのである。
     一方当時のアトラスは、マンションオフィスの小さな会社だった。飯田橋駅ビルにある都営住宅の2部屋を借り、開発を始めて1年経たぬ頃に私が入社した。このオフィスは、のちに住宅地に会社が入っているという朝日新聞の告発によって撤退を余儀なくされるのだが……。
     入社当時『女神転生』はすでに企画が進んでおり、私の上司であったMr.Booこと上田氏がその開発責任者であった。彼はパソコン版の『ウィザードリィ』にはまっており、私とすごく話が合った。まだまだRPGには理解が少なく、当時のSEGA社長などはRPGなど絶対に流行らないと断言していたほどだ。
     メガテンの企画はウィズにとても似た3DダンジョンRPGになっていた。しかしこれではマズイだろうということになり、新入社員であった私にもアイデアを出せと云うことになったのである。
     そこで、まず「悪魔を仲間に出来るのはどうか?」という提案をした。
     私が初めてRPGをプレイしたときのことだ。それは『D&D』だったのだが、当時RPGといえば、今で言うTRPGのことである。
     旅の途上、パーティーの前に現われたゴブリンに対し、私は交渉して味方になって貰おうとした。マスターいわく「そんなルールはない」であった。私は大いに不満に感じたことを覚えている。
     この敵を味方にしようというのは、実に日本的発想ではないかと思っている。世界中にチェスを起源としたゲームは普及しているが、取った駒を味方にして使えるのは日本の将棋だけである。
     戦争と云えば殲滅戦であり、異民族との戦いであって、負けた民は殺されるか奴隷となるという世界的な認識に対して、日本の戦争というのは所詮は内戦でしかなかったという歴史的背景がある。世界の城といえば、町ごと囲う城塞都市が基本なのはこのためだ。
     今でこそ海外のゲームにもテイマーは定番だが、当時敵を仲間にするゲームは私の知る限り、野菜がモンスターとして出現する日本のマイナーなパソコンゲームしかなかった。このゲーム、野菜を仲間にもするし、倒した野菜を食べてHPを回復するという野菜なのに肉食系の異色ゲームであった。仲間にした野菜と同じ野菜を食うと、「ボクのなかまを食うなんて〜」と泣きながら野菜が去っていくというちょっぴり心温まる作品だった。
     というわけで、当時としては斬新なこの案は採用されることになった。悪魔との対話システムは私の担当となった。
     しかしMr.Booはこれだけで満足をしなかった。もう一捻りこのアイデアを面白くさせろと私に命じたのである。
     そこで私は三日考えて「合体」のシステムを提案した。これはもちろん永井豪先生の『デビルマン』がアイデアの素になっている。悪魔なら合体! ということだ。
     アイデアは採用され、メガテンをメガテンたらしめた悪魔合体システムが誕生することになった。
     私は悪魔会話や合体のシステムの他、魔法や武器などの設定や、悪魔の設定、悪魔種族の分類を任された。この頃はダンジョンの設計やシナリオには関わっていなかったのである。
     女悪魔を多く出し、しかもできるだけ裸体に近いもので出すことも注文した。
     当時のゲームで女の敵キャラが出ることは希であった。
     こうした発想もまた、豪先生や伝奇小説から頂いているわけだ。


    ≪そして兇悛
     1987年9月『女神転生』はナムコから発売された。
     発売本数はナムコ作品としては大したものではなかったが、熱烈なファンをその頃から獲得し始めていた。しかし、兇寮作がすぐに決まらなかったのは、こうした売り上げの低さが原因だった。ナムコに柘植さんという広報担当の方がいて、彼を中心に社内でメガテンファンが誕生していた。彼らが上層部に強く兇鮟个垢茲Δ縫廛奪轡紊靴討れ、それがようやく実現化したのだった。
     『女神転生供戮任蓮▲轡淵螢をすべて任せてもらえた。もともとの『デジタルデビルストーリー』にあるように、舞台を現実世界、東京に広げた。ファミコンとして現実世界を舞台にしたRPGは初めてだったかも知れない。当時RPGとはファンタジー世界に限られていたからだ。
     内容はさらに過激になり、宗教色も強くなった。
     悪魔のデザインに金子一馬が入り、世界はより魅力的になってゆく。女悪魔もよりセクシャルに。サウンドもよりハードロックに。

     そして裏技なのだが、このゲームでは本来正義である「神」に逆らい、悪魔側について、造物主Y.H.V.H.を倒すことを可能にしたのだ。
     この絶対的正義はないという私の主張は、多くのユーザーから共感を得られたのではないだろうか。
     このテーマが受け入れられたのは、当時日本にとって世界的正義の価値基準であるアメリカ、その民主主義に対して日本人が疑問を感じ始めていたことが背景にあると考えている。この主張は『真・女神転生』でさらに明確化していく。
    (それから十余年の月日が流れ、『スターウォーズ・エピソード掘戮涼罎如嵬閏膽腟舛鮗蕕襪燭瓠廚箸亮臘イ繰り返し強調される陳腐さに、私は心底うんざりさせられたというのを蛇足として付け加えておこう)


    ≪多くの偶然の重なり≫
     当時ナムコ以外の会社からこの作品を発表しようとしたら、間違いなく任天堂のチェックで弾かれていたことだろう。全裸の女悪魔や、宗教的なテーマやシンボル、暴力的な描写など、任天堂規定では認められないものだらけだ。しかし、ナムコは独立したファミコン生産ラインを持つ数少ない企業だったのだ。そしてそれが任天堂チェックを免れる絶対条件でもあったのだ。
     『真・女神転生』では、『女神転生供戮亮太咾あって、メガテンはその独自世界がウリなのだから仕方ない、という諦めがあって承認された。
     『女神転生掘戮鮟个気覆い箸いΨ萃蠅癲▲淵爛該酩覆箸靴討惑箴緞椰瑤多くないという理由からである。これ幸いと、アトラスは独自に『真・女神転生』を作ることをナムコになし崩し的に認めさせる。ナムコの営業や広報は、社の決定を非常に悔やんだそうだ。
     こうした様々な事の重なり。そして『デジタルデビルストーリー』の西谷先生の小説家デビューから続くさまざまな偶然。
     私がアトラスに私が入社したのも、ちょっとした偶然の重なりによるものだ。父と喧嘩してそのゲーム会社飛び出したあと、私はふつうのIT会社に就職し、しばらくSEとして働いていたのだが、そのときの同僚で悪友だった大町という男が、会社を辞めてたまたま求人のあったアトラスに入社し、そしてすぐに私のことを呼んでくれたのだ。大町は私がもともとゲーム畑であったのを知って、彼自身ゲームに興味を持ったわけだ。
     私が父と喧嘩をしなければ……IT会社で大町に出会わなければ……そのIT会社の社長がヤンキー上がりのDQNばかり可愛がる茨城出身足立区在住じゃなければ……そして大町が「リクルート」12月号を手に取らなければ……合体も仲魔システムもそこでは誕生しなかったろう。『女神転生』も『ディープダンジョン』と同じように、忘れ去られたファミコンRPGのひとつとなったかも知れない。
     しかしこうして思い返してゆくと、結局単なる偶然の重なりではなく、この作品が世に出るために、さまざまに用意された必然があったのではないかと、考えさせられるのである。
     それこそこの偶然は悪魔が仕組んだ筋書きであったかも知れない。そしてメガテンの作品群は、世界をナナメから見る少年少女たちに、ひとつの銀の鍵をそっと与えることになるのだ。


    ≪真の世界へ≫
     『真・女神転生』は現実社会が悪魔の介入によって崩壊していく世界を描いて行く。舞台は東京。物語は吉祥寺から始まる。
     何故吉祥寺かと云えば、私がこよなく愛した街だったというのもあるが、さまざまな点で“揃っていた”というのが本当の答えだ。
     まず郊外のまとまった街であること。いきなり都心が舞台では広すぎるのだ。ゲームの最初は一定にくくられる空間が欲しかったのだ。
     そして枝分かれしたアーケード街。これがダンジョンに見立てられる。中野や武蔵小山では、このアーケードがほぼ一本道で面白みがない。
     さらにエコービルという謎の駅ビルがあった。吉祥寺という大きな街の駅ビルなのに十年くらいテナントが入らず、何か出るのだと云う噂の曰く付きの建物だった。たしか地下だったか、ゲームセンターだけが営業していたが、しばしば謎の機械トラブルが生じていた。後に「ゆざわや」が入るのだが、異様に天井の照明が多く、店内は目に痛いくらい眩しい。まるで僅かでも闇が侵入するのを怖れるかのようだ。
     JR吉祥寺駅自体、飛び込み自殺の多いヤバイ場所で、ある体験談によると、ホームから線路に腕を引っ張られたという話もあるほどだ。
     一方井の頭公園という自然エリアもあり、さらには動物園や植物園まである。実はこの井の頭公園というのも、心霊スポットとして知る人ぞ知る霊地なのである。
     当初は井の頭動植物園をPCが探索し、怪異を探るというエピソードがあった。動物に悪魔が憑依合体して街を襲うというプロットだったのだが、ROM容量が無いということでプログラムリーダーの岡田氏に却下されたのであった。
     そして、ここで初めてライト/ダークにロウ/カオス属性が加わるのだが、TRPGの『ストームブリンガー』からの頂き物であるのは知っている方はご存じだろう。ロウとカオスは、『ストームブリンガー』が表現しようとしたマイケル・ムアッコックの世界から来ているのだ。
     プレイヤーは最初ロウ側の主張を聞いて行動するが、自分がどうするのかを判断して行動する。この正義の価値をプレイヤー自らが決められるのも、メガテンならではである。


    ≪東京ダンジョン≫
     私は東京というダンジョンが好きだ。
     昔は目的も無く街を歩き、建築家の夢と妥協の産物である都市計画の構造や、無計画に広がった地下道を興味深く探索したものだ。
     『真・女神転生』は私にとって、愛する東京ダンジョンを皆に伝導する場でもあった。 スーパーファミコンというハードの表現力の限界はあったが、出来るだけそれを伝えようと努めた。
     こうした東京好きの背景にはもちろん、菊池秀幸の『魔界都市新宿』や荒俣宏の『帝都物語』、さらには栗本薫の『魔界水滸伝』が流れている。
     しかし東京という街の持つ猥雑な魅力は、どうしてもスーファミでは表現しきれなかった部分である。
     『真・女神転生2』や『真・女神転生・・・if』では、私はシナリオ担当から外れた。これらの作品が東京という都市から離れているのは、東京ダンジョンにこだわらない開発者がシナリオを担当したというのもある。

     完全にアトラスとは別ラインで作ったパソコン版メガテンの『偽典・女神転生』では、実際に東京の地下道を取材し、使える構造はそのままダンジョン構造に活かしたりもした。ここにおいて、東京は再び壮大なダンジョンと化したのである。しかし、未だ私の望む廃墟の美までは描ききれてはいなかった。それを作るには、相当なる資金と時間が必要とされるのだ。

     今現在『真・女神転生IMAGINE』の新しいシナリオを担当させて貰っている。
     この世界は私が作ったメガテンを愛する者たちが作ったといえるだろう。
     ここには東京ダンジョンがある。そして廃墟もまた。
     私の伝導は事を成したのであった。
     そして再び私がこの世界に舞い戻ってきたわけである。
     さらなる怪しの街を私は渋谷の地下と池袋に求めた。
     これらは奇しくも私がゲームに関わり長く事務所を置いた場所である。池袋は父銀一郎と黒田幸弘氏が作ったレックカンパニーというウォーシミュレーションのゲーム開発会社があった。そこで私はゲームのノウハウを身に付けつつ、空いた時間にはサンシャインシティの謎を探索した。
     渋谷は私が会社を起し13年間根付いた場所で、東京でも屈指の街ごと霊的スポットとなっている特殊な場所だ。
     今までとはまた違った、新生IMAGINEの東京ダンジョンが今年誕生する。
     オンラインゲームの魅力は、こうして世界がだんだんと広がって行くことにもある。
     メガテンという悪魔は、今も我々のすぐ隣で息づいていて、存在の拡張を続けていくのだ。


     最後にちょっとだけ宣伝をさせて貰いたいのだが『真・女神転生』とはまた別の私の世界、『新世黙示録 Death March』がザウスから発表される。
     これは東京でもずっと郊外の団地が舞台になっている。団地もまた、私がダンジョンに見立てる建造物なのだ。
     18禁ゲームと云うこともあって、ここではさらに“やってはいけないこと!”をたくさん盛り込んでいる。日常の惰眠がお嫌いな方には、是非とも「瞠目して待て!」とお伝えしたい。(鈴木一也)
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    女転原理主義者の福音あるいは破滅のラッパ
     今までにプレイしてきたコンピューターRPGの中で、ベスト2は『スーファミ版真・女神転生1』、ベスト1は『旧ファミコン版女神転生2』です。僕にとっても女転2は特別なゲームでした‥‥‥。  ‥‥‥いえ、「でした」じゃない。今でも現在進行形です。なんとかし
    | フワーレンさま社務所 | 2010/05/21 1:57 AM |
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    | - | 2012/05/06 4:21 PM |