2010.04.01 Thursday
大阪SF大全2 『決戦・日本シリーズ』
「決戦・日本シリーズ」(小説、かんべむさし、早川文庫JA、1974)
久々に開いてみて「あれ、これ普通小説だっけ」とか思ってしまった。
その年、日本シリーズの対戦カードは阪神対阪急。初の関西決戦を盛り上げるべく、主人公の所属するスポーツ新聞社は、ある企画を立てる。オーナーはどちらも在阪私鉄。ならば優勝した方のチームとファンは自分の社の電車に乗り、負けた方の鉄道を走れることにしようというのだ。関西は全域で、阪急派と阪神派に分かれ、狂騒状態に陥っていく…
初見時は、クライマックスの「阪急が勝った場合」「阪神が勝った場合」上下二分割に度肝を抜かれて、それだけでSFを感じられたものだった。だが驚くべきことに、これだけ大仕掛けをしておいて、パラレルワールドに関する記述は一切ないのだ。
思うにそれは「皆さんご存知の通り」ということであったのかもしれない。阪神タイガースを知る人は皆うなづいてくれることだろう。あれほど予測がつかない量子論的な多世界解釈球団もない。水玉螢之丞氏は「SFから一〇〇〇〇光年」の中で言っているではないか。シーズン終了時、自分は阪神が優勝した世界にいられるだろうか、と。自分の目で観測することで初めて勝敗が確定する。新聞のスポーツ欄を開いた瞬間、スポーツニュースを確認した瞬間、世界は阪神が勝った世界と負けた世界に分裂するのではないか。そう感じてしまう。阪神はそんな球団だ。
むろん、本書で宿敵として書かれた阪急も今はない。相互乗り入れが可能な今津の線路もなくなった。しかし新開地で折り返せば相互乗り入れ自体は今も可能だ。村上ファンド騒動の余波で阪神と阪急は合併してしまったが、いまだに梅田の阪神百貨店・阪急百貨店は「あんなやつ知らんわ」と言わんばかりの態度である。あたかも、同じ場所で重ね合わせの状態に存在し続ける右回り粒子と左回り粒子のように。
嘘だと思うのなら梅田駅前で降りてみるといい。御堂筋をはさんで、世界は阪神が勝った世界と阪急が勝った世界に分裂している。(高槻真樹)
御堂筋をはさんで対峙する梅田駅前の阪神百貨店(右奥)と阪急百貨店(左)