TOKON10実行委員会公式ブログ

第49回SF大会TOKON10実行委員会の公式ブログです。
開催日程:2010年8月7日(土)〜8日(日)
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東京SF大全22 「恋愛の解体と北区の滅亡」
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    前田司郎「恋愛の解体と北区の滅亡」(初出2006 『群像』3月号、同年単行本化)



     前田司郎は三島由紀夫賞を受賞しており、文芸誌に執筆していることが多いが、その作品は「ぬるSF」である。
     以前、駒場アゴラ劇場で、演劇『生きてるものはいないのか』(2007)を観劇したことがあるが、作品内容は、スティーヴン・キングの『ザ・スタンド』を髣髴とさせる、(多分)スーパーインフルエンザ的なものの蔓延による、人間たちの大量死と言う事件を扱っている。作中では人々は次々と死んでいく。そこで、SFに慣れた脳の私たちならば、「事件の実態を解明する科学者が出てくるはずだ」「政府が動くはずだ」と思うのだが、そのような「熱血SF」の定型を前田司郎はとことん外す。何が原因で大量死が起こっているのか、特に追求もしようとしないし、政府も動いている感じも描かれない。ただの日常とお喋りの中で、どんどん死んでいくという演劇作品であった。
    「恋愛の解体と北区の滅亡」に関しては、その作風が徹底している。自意識過剰な男がSM好きでもないのに五反田のSMクラブに行き(ちなみに前田司郎が率いる劇団は五反田団である)、かみ合わないコミュニケーションをホテルでしていると、テレビの中で、池袋のサンシャイン60の上に宇宙人のUFOが着陸したことを告げられる。僕のSF脳では、「なんだって!? 宇宙人襲来か…… 一体何が起こっているんだ!」と叫び出し、外に出て、「宇宙人よ!」とパニックなっている人々がいて、一方戦う意志を燃やしたり、そういう類型がまっ先に浮かぶのだが、この主人公は別に驚かないし、ただだらだらSM嬢とかみ合わないコミュニケーションを続けるだけである。まるでこのテレビの中の現実=宇宙人は、現実だとしても全く関係ないかのように。原因の追究も恐怖に怯えることもない。そんな、911をテレビで見た末に「映像」に対して無感覚になってしまった21世紀の人々のだらだらと続く日常のメタファーのようでもある。テレビの向こうの「現実」でどんな凄惨で理解不可能なことが起こっていても、この淡々とした日常には何の関係もないのだという感覚が色濃く出ている。
     熱血SF的状況、すなわち、英雄になる機会か、崇高な悲劇が起きる可能性がある状況に対しても無関心でだらだらしており、対応しない、そんな人々を描いたという点において(確かに、隕石が衝突するとかそういう巨大なSF的状況の中にいたって、そういう性格や人格の人はいるはずなのだ)前田司郎はSFでありながら、SFを少し横から見て用いており、「ぬるSF」とでも呼ぶべき、今までのSFの盲点を突いた作風が生まれたのである。(私見では、この感覚は北野勇作の描く空気感に近いような気がしているが、そこからメタフィクション性や構造のダイナミックな面白さまで剥ぎ取っているのが、前田司郎の面白いところである)
     またその「だらだら感」を増幅させるのが「北区」という単語である。前田には「家が遠い」(2004)という戯曲もあり、場所が醸し出す、階層、収入の格差、それに伴う文化や景観の違い、人間性の違いなどが複合した「土地への感情」を固有名詞一語で描き出すのがとてもうまい。「北区」という場所は東京の中でも、ほとんど話題にならない区である。橋本健二、原武史、北田暁大の座談会「東京の政治学/社会学」(『思想地図』5号)によると、東京というのは内部にも格差があり、大まかには都心部、東部と西部に分けられる。東部はブルーカラー職の人間が多く住んでおり、所得も低い。北区は東部に属し、平均所得は2008年では23区中5番目に低い。(東京内部で最も平均所得の多い港区と、平均所得の低い足立区とでは、先進国と発展途上国の差に等しい差が現れていると橋本は指摘している)北区は、足立区や埼玉県と隣接していて、工業的な地域でもあるために、景色は中央部と比べれば洗練されたものではない。歩いている人のジャージ率、スウェット率も高い。区役所の所在地である王子の駅前ですら、何か荒涼感があるし、何のためにあるのかわからない無駄な空間が空いていたりする。しかしながら、「足立区」のように、ブラックなギャグの象徴として有名であるわけでもない…… そんな中途半端感が「北区」という言葉からは漂う。現に北区に住んでいる僕はスウェットで出歩くし、中途半端感漂っている人間であることが、実証的なエヴィデンスであろう。
     その北区の住人が侵略してきた宇宙人を殴ってしまい、北区は滅亡させられる。宇宙人を殴るという突拍子もない行動をする人がいそうだという納得をさせる力が、確かに「北区」という単語にはある。僕も街を歩きながら、宇宙人を見つけてしまうと殴りそうになってしまう。これは実証主義的な北区のメンタリティを示す統計学的に有意な情報であるので、決して北区に対する偏見ではないだろう。
     夜になるとサイバーに見えるビジネス街や、『AKIRA』などで描かれる高層ビル群や、『ソラリス』に出てくる高速道路のような、東京という都市の持つSF性がほとんどない「北区」を持ち出したのは、東京をSF化する際の彼の「ぬるSF化」の戦略の一つであろう。
     「ぬるSF」の持っている批評性(人々が真実に到達できなくなって関心をなくした、とか、大文字の政治に興味をなくしたとか、映像のもたらす無感覚さ、や、コミュニケーション化した新しい世代、など)については様々な角度から論じることが可能であると思うが、そのような「ぬるSF」感覚と、土地の醸しだす感覚とが融合したという点で、本作はSF的に見た前田司郎の最重要作品の一つであろうと思う。
     ついでに言えば、大森望に「「グレート生活アドベンチャー」の弱点は、出てくるモチーフが古めかしいこと。ニートの主人公は一日中RPGやってるんだけど、それがどう見ても「ドラクエ」か「FF」。小説で言うと『ノーライフキング』(いとうせいこう)か『山田さん日記』(竹野雅人)かという感じで、いきなり80年代ぽいんですよ。今だったらMMORPGでしょ、主人公はネットカフェ難民とかで。」(※1)と指摘されている芥川賞候補作「グレート生活アドベンチャー」(2007)は、桜坂洋の『スラムオンライン』『ALL YOU NEED IS KILL』の、エンターテイメント的に派手な部分を全て削ぎ落として「ぬるSF化」した作品のようである。この「ぬるSF」性をどう評価するかに、SF界の度量の広さが試されているといっても、過言ではない、かもしれない、気がする。(藤田直哉)



    ※1、『文学賞メッタ斬り

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