TOKON10実行委員会公式ブログ

第49回SF大会TOKON10実行委員会の公式ブログです。
開催日程:2010年8月7日(土)〜8日(日)
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東京SF大全29・30  『白暗淵』『終着の浜辺』
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     6月6日は犇寡櫃瞭瓩任△襦新約聖書の一節に「獸の數字は人の數字にして、その數字は六百六十六なり。」[ヨハネの默示録13:16〜18]とあることにちなむ。
     東京に犇寡櫃瞭瓩訪れたこともあった。
     今回は、ゲストのお二人、東條慎生氏と増田まもる氏に、その犇寡櫃瞭瓩硲咤討砲弔い童譴辰討い燭世い拭


    東京SF大全29『白暗淵』(しろわだ)

              (小説・古井由吉・2007年)



    (講談社・2007年12月刊)


     古井由吉と東京、というならばまだしも、古井由吉とSFという取り合わせは意外に思う方も多いだろう。まさか古井がSFを書いていたのか、という訳ではもちろんない。古井由吉で「東京SF論」を書けないか、という話を聞いたときにはそれは無理だろうと思ったのだけれど、よく考えてみれば日常のなかに不穏を見いだし、堅固な現実と思われたものがじつは凍った水面のように薄いものなのではないか、という戦きを味わわせるという点においてはディック的な幻想文学の要素があることは確かだ。東京SF論として成立しているかどうかは読者の方の判断を待ちたいけれど、とりあえず迂遠ながらも古井とSFと東京をつなげてみたいと思う。六十年ちょっと前のことからはじめよう。
     1945年3月から数次に渡って行われたアメリカ軍による大規模な爆撃は、東京市街地の50%を焼失させるほどの甚大な被害を与えた。特に3月10日は最大規模のものとして知られ、死傷者10万人を超え、被災家屋は26万戸を数える。それに次ぐ規模のものとしては5月25日の山の手大空襲があり、死者7000人以上、家屋22万戸という被害を受けた。
     古井由吉は今の品川区旗の台(当時の荏原郡平塚)で1936年に生まれ、山の手の大空襲を8歳の身で体験したことになる。当時8歳の少年にとって目の前で家が燃え、「近所隈なく焼けている」という状況はどれほどのもかにわかには想像できない。いまの私たちから考えると、一夜にして市街地の半分が焼失した、などというのはまさにSFのなかの出来事にしか思えないだろう。>
     しかし、それは確かに60年前に起こったことだ。古井はこの東京大空襲を体験したことが強い原体験としてある小説家で、最近の連作形式の小説にはひとつくらいそのことを題材にしたものがある。2007年の『白暗淵(しろわだ)』では冒頭の「朝の男」に、焼き払われた瓦礫の中で通りがかった男に想像をめぐらすという展開があり、最新刊『やすらい花』では「涼風」や「瓦礫の中で」がやはり空襲体験を書き込んだものとして数えられる。しかも、ただ戦災を語るのではなく、そうした死に満ち満ちた状況のなかで、行きずりの女と交わるというような、死と性の密接な絡まり、あるいは、死に近づくほどに性が昂進していく様子が描かれるのが古井作品の特徴だと言える。つまり「人生=死」と「色気=性」なわけだ。
     そのあたりのことはインタビューをまとめた近刊『人生の色気』でこう語っている。

    「僕は作品でエロティックなことをずっと追ってきました。その一つの動機として、空襲の中での性的経験があるんですよ。爆撃機が去って、周囲は焼き払われて、たいていの人は泣き崩れている時、どうしたものか、焼け跡で交わっている男女がいます。子供の眼だけれども、もう、見えてしまう。家人が疎開した後のお屋敷の庭の片隅とか。不要になった防空壕の片隅とか……」

     こうした戦争の極限状況とエロティックなものの絡まりは初期の代表作「円陣を組む女たち」にも見ることができる。母と姉に連れられて空襲から逃れるとき、空からの爆音を聞きながら、少年はいつしか見知らぬ女の顔が自分のまわりに「円く集まっている」のを見、このような叫びを聞く。

    「直撃を受けたら、この子を中に入れて、皆一緒に死にましょう」

     女たちはその言葉を繰り返し、「つぎつぎに声が答えて嗚咽に変わってゆき、円陣全体が私を中にしてうっとりと揺れ動きはじめた」という文章で小説は終わる。少年の記憶のため、性的なニュアンスはぼんやりとしたものにならざるをえないけれども、この末尾の叙述は明らかにエロティックなものを含んでおり、近年に至るまでの一貫した軸を見てとることができる。
     戦争についてはさらに二つに分けることができ、ひとつは空襲の体験に象徴される戦争、そしてもうひとつは戦後戦われた経済の戦争が、古井作品の大きなバックグラウンドとしてある。東京を流れる多摩川水系の河川をタイトルに持つ長篇小説『野川』では、この空襲と経済の繋がりが特に強調された作品で、経済戦争を戦った男の死が空襲での死と対を成すように描かれていたところが印象に残るものだった。
     『白暗淵』でもこの関心は引き継がれていて、毎日新聞のインタビューに答えて、古井はこう語っている。

     「一夜のうちに焼き払われる空襲なら、ささやかでも物語にはなる。戦後の経済成長による変化は日常のうちに起こったために出来事としてつかまえられない。ところが、前後では戦災と同じほどの断絶が起こった。その変わりようを切れ切れに拾っていければと」

     もうひとつ、古井が日経新聞に連載した、「東京の声と音」という副題を持つエッセイ集『ひととせの』の序文でこう書いている。

    「自分の耳は、じつはとうの昔に、奥のほうで聾されたままになっているのではないか、とひそかに疑う者なのだ。ひとつは空襲の最中の、音の恐怖による。耳からの恐怖は、目からの恐怖よりも、防ぎようがない。またその後遺症として、それ以前の音や声の記憶を、とかく遮断する。
     もうひとつは、これは長年かけてのことだが、戦後経済成長の、喧騒による。奔走の喧騒は、折々耳についた声や音を、記憶に留めることを阻みがちである」

     ここでも、敗戦の崩壊と復興の繁栄とを同じ戦争として並べて見る視点があることが分かる。そして、戦後の経済戦争による疲労は戦災のように派手に目に見えるものとは異なる。ある時突然死んでしまった男のことを、まるで暗い穴を覗きこむように恐る恐る残された者たちが語り合う、というのは古井作品に多々見られる状況だ。そこには「彼」を死においやったものが、「われわれ」のうちにも既に養われていることが言わずとも共有されているような空気が立ちこめる。
     そうした物語にならないような事々のうちから、古井はなんとか言葉を紡ぎ出そうとする。だからこそ、日常の微細なくずれに危機や不穏さを見いだしていくような古井独特の緊迫感に満ちた文体が必要となってくる。危機は日常にこそ伏在している、という古井の認識こそが、大空襲と経済戦争という東京を戦場としたふたつの戦争のその後を描き出す方法だったといえるだろう。
     さて、ここで空襲とSFといえばまず読者の方の脳裏に浮かんだだろう作品、カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』を考えてみたい。これこそ、「一夜のうちに焼き払われる空襲」を描いた「ささやか」な「物語」だからだ。『スローターハウス5』で扱われる空襲は、東京大空襲と並んで第二次世界大戦での無差別爆撃の代表的な事例、死者十数万を数える未曾有の被害をもたらしたアメリカ、イギリス連合軍によるドイツ、ドレスデン爆撃だ。アメリカ軍兵士だったヴォネガットは捕虜として連れられたドレスデンで、味方からのこの爆撃を受け、焦土と化したドレスデンを目の当たりにした。東京大空襲のほぼ一月前、1945年2月13日から翌日にかけてのことだった。
     あまりにも衝撃的でドラマチックな出来事だとはいえる。しかし、あまりにも理不尽で劇的な出来事は同時にその者から言葉を奪う。『スローターハウス5』は戦後25年を閲して作中の言葉を借りれば4,5千枚の反故を出しながらようやくのことで完成を見た。そしてこの作品は徹底して物語を「けいれん的」に解体する物語として形作られている。ある種のトラウマとして刻印された出来事はその徹底した理不尽さによって意味を解体され、「大量殺戮を語る理性的な言葉など何ひとつないからなのだ」、とヴォネガットが語るように、意味のある物語として語ることを阻害する。
     そこで採用されたのが主人公ビリー・ピルグリムの「けいれん的時間旅行者」という設定と、トラルファマドール星人という荒唐無稽なヴォネガット的ガジェットだ。トラルファマドール星人は、過去から未来までの時間を一望の下に見ることができ、彼らにとってはある時点で人が死ぬとしても、それ以外の時間では生きているため、死が大きな意味を持たない、という設定が与えられている。「けいれん的時間旅行者」というのも、そのようなトラルファマドール星人の視界をビリーに擬似的に体験させる目的があるといえるだろう。
     そうして描かれるのは、未来も過去も現在も全ては決定論的に決まっていて、これから起こる出来事はまったく変えることはできない、という極端なペシミズム的世界観だ。あらゆる悲惨、さまざまな死、そして自らの死すら「そういうものだ」と当然のこととして受け入れるような、究極の諦念。反戦平和主義の人々を怒り心頭にさせそうな話だけれど、
     しかし、このようにして死そのものを無意味なものとしなければならないような認識、悲惨を悲惨と受け取ることすら阻害する悲惨を強いるのが、ドレスデン爆撃だった。「そういうものだ」という頻出する言葉は、そうしたものをひっくるめた大いなるアイロニーとして、『スローターハウス5』の全体のトーンを形作っている。ここに、アイロニカルに絶望を描きながらも希望とユーモアを込めるヴォネガットの真骨頂がある。
     ヴォネガットと古井は年齢的にはだいたい一世代は違う。それが両者の見るもの、小説の手法の違いをもたらしている、といえるかどうかは分からない。ヴォネガットは都市の廃墟のなかから壊れた物語を語ろうとし、古井は物語にならないところから言葉を紡ぎ出そうとする。二人とも歴史的な規模の空襲によって都市の焼亡を目の当たりにした経験を持っているけれども、その描き出そうとする手法はアメリカと日本、というお互いの立場の違いのようにまるで異なっている。ただいえるのは、空襲、戦争という体験は、焼け落ちた都市のように現実や意味や言葉が崩れ落ちる失語的状況を強いるものだということだ。両者とも、方法は違ってもその失語的状況から、言葉にならない言葉、物語にならない物語を、なんとか語ろうと試みている。
     古井由吉はアメリカを主な相手としたその二つの戦争において、東京が戦場と化した体験を持つ最後の世代に当たる。80年代生まれの私にとっては空襲も、そして高度成長も過去の話になってしまうのだけれど、彼らにとっては東京の焼失は忘れられない大きな衝撃として今も燻っている。
     ドレスデンと東京のつながりについて、いくつか補足しておきたい。東京大空襲以前の本土爆撃を指揮していたヘイウッド・ハンセルは高々度からの昼間軍需工場精密爆撃にこだわっていたのだけれど、思うように成果が出ないこと、上層部からの新型焼夷弾活用指示に反発したことなどで司令官により更迭され、戦略爆撃の専門家カーチス・ルメイが新たに指揮を執った。後のベトナム戦争で「ベトナムを石器時代に戻してやる」と発言したことや、キューブリック監督の映画『博士の異常な愛情』のタージドソン将軍のモデルと言われるルメイは、ドレスデン爆撃の成功を見て後、それまでの方針であった精密爆撃から焼夷弾による都市攻撃に切り替えた。日本の戦闘機の到達できない利点はあるもののジェット気流という難敵がある高々度爆撃から、命中率の高い低高度爆撃に切り替えたこと、迎撃するための搭乗員や火器類一切を降ろして爆弾の積載量を数倍に増やすなどの方針変更は自軍の損害を増大させることが予想されたのだけれど、結果的にこれは「大成功」となり、米軍人に「軍事史上、敵が一回でこうむった最大の災厄」と言わしめた。
     皮肉にも、そのカーチス・ルメイは戦後に航空自衛隊の育成ににあたったことを理由に日本国から勲一等旭日大綬章を授与されている。これは真珠湾攻撃などを指揮した旧日本海軍の源田實らの推薦によるもので、その前に源田自身がアメリカから勲功章を受けたことへの返礼と目されている。戦中から戦後にかけての日米関係の変遷を象徴するエピソードだろう。あまりにも空襲被害者を逆撫でするエピソードだけれど、近年空襲被害者も訴訟を起こした。この東京大空襲訴訟は被告が日本政府となっていることもあり、賛否両論あるのだけれど、サンフランシスコ講和条約での賠償請求権放棄により、アメリカへの賠償請求ができなくなったことと、軍人・軍属と民間人とで戦後補償において差別的待遇がなされていることなどが問題とされている。昨年12月の地裁判決では当初予想されていたように棄却され、問題提起は心情的には理解できるが、賠償の法的な根拠はなく立法で解決すべきというものだった。
     最後に、古井の戦後観がよく現れた一文を『白暗淵』の一篇「無音のおとずれ」から引いて終わりたい。

    「廃墟からの復興に、なりふり構わず、後先もろくに見ず、ただ我身惜しさからと折りにつけ自嘲させられたにせよ、つまりは無私のごとくに、ここでも「挺身」して来た男が、敗国の奇跡と呼ばれた繁栄を見て、それが戦前の繁栄をはるかに超えてようやく頂点を回りかける頃、自身の内に、敗北感をひきずって廃墟の塵埃の中をよろよろと歩いていた、殺戮の員外であった者の、「女子供」の、影がいまだに残存していたのを見出し、これまでに世界の陰惨な素面を覗くたびに、とうに時効のはずの、勝者に恵まれた員外の安堵に引きこもり、そこに依存してきたことに気がつくと、周囲の繁華が敵の来襲も招かぬ、あらわな仮象に見えてくる」          
                                (東條慎生)


    東京SF大全30 『終着の浜辺』
     
           (小説  J・G・バラード  1964年)

       

    (The Terminal Beach (New Worlds 1964年3月号に掲載)→伊藤典夫訳『世界SF全集32 -世界のSF 現代編』(早川書房1969年)に収録→伊藤哲訳『時間の墓標』(東京創元社1970年/2006年『終着の浜辺』に改題)に収録)


     東條慎生さまが寄稿してくださった、すばらしい古井由吉論・ヴォネガット論を受けて、おなじ戦争体験からまったく異なる小説世界をつくりあげたJ・G・バラードをとりあげてみたいと思う。『終着の浜辺』は短編ではあるが、ある意味でバラードの全長編のエッセンスともいうべき作品なので、その一語一語を丹念に吟味することによって、バラードの世界観がくっきりと浮かび上がる。なお、諸般の事情により、引用はすべて拙訳とする。
     まず、タイトルを吟味しておこう。バラードは「終着」ということばが好きで、いろいろな作品で使っているが、「浜辺」といえば、1962年のニューウェーブ宣言『内宇宙への道はどちらだ』における「健忘症の男が浜辺に横たわり、錆びた自転車の車輪を見つめて、両者の関係性の絶対的な本質をつきとめようとする」という一節があまりにも有名であろう。『終着の浜辺』は、まさに「真のSF小説の第一号」なのである。
     のちに濃縮小説とよばれることになる『終着の浜辺』は、冒頭から非常に密度の高い描写ではじまる。
     
    「夜、トラーヴェンが廃墟と化した掩蔽壕の床で眠っていると、滑走路の端で暖機運転している巨大な飛行機の爆音のように、礁湖の岸辺に寄せては砕ける波の音が聞こえてきた。日本本土に対するこの大規模夜間空襲の記憶が、この島での最初の数か月間、周囲の空を炎上して墜落していく無数の爆撃機のイメージで満たしたのだった。」

     そしてこれは、小説の末尾ときれいに呼応している。

    「死せる大天使の坐像に入口を守護された巨大ブロック群のことを考えながら、トラーヴェンは忍耐強く彼らが話しかけてくるのを待った。その間も、遠くの岸辺では波が砕け、炎上する爆撃機が夢の中を墜落していくのだった。」

     このことからもわかるように、アメリカの核実験場エニウェトク島と紹介されているこの島では、時間はほとんど経過しない。本書の主人公トラーヴェンは、ひとりこの島にやってきて、なにかを待ちうけながら、巨大な迷路のような実験場をさまよいつづけるだけである。その無時間性は、核実験の高熱によって地面に永遠に刻みつけられたわだちの跡や、熱核反応時間のほんの数マイクロ秒に溶融した砂の層といった美しい描写によってさらに強調される。
     これにつづく第三次世界大戦前夜[プレサード]といったことばから、これを終末論的にとらえるむきもあるが、冒頭の引用で明らかなように、この作品の文体には絶望や虚無といった情緒的な表現はかけらもない。掩蔽壕、ブロック群、そして爆心地といった核実験場の無機的な風景が、いっさいの感情をまじえることなく静物画のように描写されていくのみである。それでは、主人公はなんのためにこの島にやってきたのだろう?

    「とりわけひとつの問いが彼の興味をひきつけた。「この最小限のコンクリート都市に住みたいというのは、どんな種類の人間だろう?」」

     もちろん、ここが核実験場であるからには、その答えはただひとつ、「熱核反応を待ち受ける人間」であろう。作中に登場する唯一の日付が8月5日と6日であることからも、それは明らかである。また、ときおり主人公の前に姿を現す死んだ妻と息子の幻影も、動機のひとつのようだ。とりわけ、デーヴィッドという名前のダウン症のこどもは、バラード作品にたびたび登場しており、バラードの個人的体験と深い関係があることをうかがわせる。
     しかし、もっとも重要なのは、主人公よりも前にこの島にやってきた日本人医師の死体である。なにが重要かといえば、その死体にはドクター・ヤスダという名前があたえられ、あろうことか主人公に話しかけてくるからである。なぜか主人公もドクター・ヤスダの甥と姪が大阪空襲で死んだことを知っており、ふたりは運命の受容について哲学的な会話をかわす。死を覚悟してひとりエニウェトク島へ来たドクター・ヤスダは、いわばトラーヴェンの分身であるが、同時に、ある種のガイドのような役割を果たしていることがわかる。『楽園への疾走』で主人公を性的に惹きつけてやまないドクター・バーバラや『ミレニアム・ピープル』で主人公を破滅へと誘うドクター・グールドなど、その後のバラードの長編で主人公を陰に日向に牽引していく人物の描写は、ひどく人間離れしていてしばしば死者を思わせるのだが、その祖形はエニウェトク島の死せる医師、ドクター・ヤスダだったのである。
     それにしても、いったいトラーヴェンはなにを待っているのだろうか? それを終末、あるいは死であると考える人が多い。しかし、水素爆弾の永遠の正午が刻印されたこの島は「存在論的なエデンの園」であり、熱核反応による融合は「時間と空間からの解放」なのである。その具体的なイメージを、やがてバラードは1979年の『夢幻会社』の末尾で鮮やかに描き出すことになる。

    「そのときは、樹木や花、埃や石、そして無機物界のあらゆるものと融合し、喜びにひたりながらこの宇宙を形づくる光の海のなかに溶けこんでいこう。……生物と無生物、生けるものと死せるものとの最後の結婚式をとりおこなうのを目撃したのだ。」                      (増田まもる)
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