TOKON10実行委員会公式ブログ

第49回SF大会TOKON10実行委員会の公式ブログです。
開催日程:2010年8月7日(土)〜8日(日)
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東京SF大全31「虹の天象儀」
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    (小説・瀬名秀明、2001年)



    (祥伝社文庫・2001年11月刊)
    織田作が愛した「自由軒」のカレーとともに。最初から混ぜられたカレーに生卵を落とし、ソースをかけて食べる

     「ただし、ひとつだけ光速を超えられるものがある。それは物語だ、とSFは語ってきた」
     最相葉月との往復書簡エッセイ『未来への周遊券』(ミシマ社)にて、瀬名はそう言った。

     物語なら超えられる。空間も、そして時間も。瀬名の積年の哲学を、わずか一六五ページの中篇に結晶化させた。奇跡のような作品である。その言葉だけ取り出して聞くと、叙情的で繊細なファンタジーの印象を受けるかもしれない。だがその物語を水面下で支えるのは、認知科学やロボット学などの、瀬名がこれまで積み上げてきた科学的思考である。受け継がれ、広まっていく「物語」というデータの強靭さに注目し、思弁を重ねることでタイムトラベルの可能性にまで到達した思索の深さには驚かされる。
     ハードSFでもファンタジーでもない独自の世界構築。あれはできない、これはできないという減算の発想法ではなく、あれはできる、これもできるという加算の発想によってのみたどり着ける世界だ。それが瀬名作品の魅力だろう。それを絵空事と切り捨てるのはたやすいが、物語というソフトウェアの内部では矛盾なく成立している。メタフィクション的視点を前衛文学ではなく科学の立場から採用した斬新さは注目に値するだろう。

     かつて、東京・渋谷駅前で44年間稼動し続けた五島プラネタリウムの物語である。そのプラネタリウムで最後の投影を務めた技師が、過去へ旅する。東京大空襲直前の時期、そして敗戦後間もない時期へ。肉体ではなく、意識だけが時空を超え、他人の肉体を借りる形で過去を体験する。
     いかにもファンタジー的な展開に思えるが、きちんと説明はつけられる。ロジャー・ペンローズの量子重力論とか、その手の話ではない。どちらかというと認知科学と哲学が溶け合う領域を足がかりに、ある仮説が語られる。誰にでも理解できる平易な理論でありながら奥行きはとても深い。そこがすばらしい。

     技師が時空を超えて旅する目的は、東京大空襲を止めるためではないし、大切な誰かを守るためでもない。ある人間に会うためだ。織田作之助。「夫婦善哉」や「わが町」など、大阪を舞台に情感豊かな作品を書いた。だが地元大阪でも思い出す人は既に少ない。「夫婦善哉」に登場する「自由軒」のカレーが今も変わらず親しまれている程度だ。「自由軒」は「織田作のカレー」の店として今も誇らしげに看板を掲げるが、実際に「夫婦善哉」を読んだことのある人がどれほどいるだろう。
     だが技師にはどうしても気になる作家だった。「わが町」の重要な場面でプラネタリウムが登場するからだ。主人公・他あやんは、フィリピンのベンゲット道路建設のため海を渡ったが、志半ばで強制送還される。フィリピンの星空の下に戻ることを夢見続けるがそれはかなわず、大阪電気科学館のプラネタリウムを見ながら息を引き取る。
     本書がもうひとつ興味深いのは、徹頭徹尾東京を舞台にした東京SFでありながら、その中に大阪の物語が巧妙にはめこまれていることだ。織田作は大阪に帰りたいと願いながら東京で客死した。その見果てぬ望郷の念を癒すために技師はひとつの行動を取る。なぜ織田作なのか。なぜプラネタリウムなのか。最後の最後で、意識と時間を巡る物語と、織田作とプラネタリウムを巡る物語がひとつになる。

     冒頭の瀬名の言葉を受けて、最相はある親子の物語を語った。科学の好きな息子が得意気に語る。今見えている星は現在そこにはなく、十年前、百年前の姿なんだよと。父親は返した。「なるほど、見る場合はそうかもしれないな。しかし、考える場合はどうだ。今地球のことを考えている。つぎに遠い星のことを考える。これにはなんら時間を要しない。人間の思考は光より速いということになるぞ」(『未来への周遊券』より)
     息子はこの父の言葉を忘れなかった。後に作家となり、星新一と名乗った。星が、そして瀬名が書いた「思考」を巡る物語は、これからも時間と空間を越えていくはずだ。(高槻真樹)



    五島プラネタリウムの跡地。今も再開発が続く

    ※付記1 この物語はもともと、実際にプラネタリウムを使ってスライド投影方式で上演されるドラマの原作として書かれた。番組は各地で巡回上映が続けられており、現在、熊本博物館にて8月末日まで見ることができる。

    http://webkoukai-server.kumamoto-kmm.ed.jp/web/planetalium/bangumi.htm

    ※付記2 「物語は光速を超えられる」という言葉について、瀬名は「山田正紀さんの長篇『エイダ』の中に登場する言葉に刺激された」と語っている

    ※付記3 この物語の主役といえる五島プラネタリウムのカールツァイス厳薪蟇撞,蓮∈秋竣工予定の新しい渋谷区記念館に飾ろうという募金運動が行われている。こちらのHPから募金を申し込むことができる

    http://www.f-space.jp/bokin/

    カールツァイス厳織廛薀優織螢Ε
    提供:渋谷区五島プラネタリウム天文資料

     この物語の主人公・カールツァイス厳織廛薀優織螢Ε爐痢五島プラネタリウムにおけるありし日の姿。
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