TOKON10実行委員会公式ブログ

第49回SF大会TOKON10実行委員会の公式ブログです。
開催日程:2010年8月7日(土)〜8日(日)
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東京SF大全33『日本沈没』
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     小松左京『日本沈没』(1973年 光文社カッパ・ノベルス 後に小学館文庫)

     小松左京で東京SFと言えば『首都消失』を真っ先にあげなければいけないが、『日本沈没』もなかなかに東京SFしている。『日本沈没』は冒頭から、東京駅の駅舎に皹が入っているのを発見して始まるし、「東京」という章まで存在している。この『日本沈没』を「東京SF」として見る事で、小松左京の抱いた「東京観」と、小松左京自身について、立体的に浮かび上がるのではないかと考えている。
     『日本沈没』をエンターテイメントとして読んだ場合、圧倒的に浮いている箇所がある。第五章、9の最後に、物語の主要人物ではない名前もない人物の内面の叫びが、ほとんど唐突とも言える形で入り込んでいる。その初老の老人の叫びは、それが「物語」の筋とは関係ないが、関係ないが故に、作品全体の主調低音を浮き彫りにさせる。
     日本は沈みかけて非常事態であり、東京都は関東大震災や第二次世界大戦の空襲後を思わせる状況である。初老の老人は、配給制度が復活したことを受けて妻と会話する。妻は、終戦後の焼け跡のことを語る。そして男には恐怖がフラッシュバックする。「食べること」しか考えなかった日々の記憶――飢えと、飢えに叫ぶ子供の声――そのような悪夢から逃れるために、男は必死に働いた。長くなるが、本文を引用する。

    「せっかく苦労に苦労を重ね、辛抱を続け、「やりたかったこと」もすべて犠牲にして、安酒に執着をまぎらわしながら、汗水たらして会社づとめを続け……若かった妻と、六畳一間のアパートから出発し、待ち続けて公団2DKへ……子供たちが生まれ、育ち、学校へ行き、借家へ、そしてやっと元金をためて、身を切られるような思いで高い土地を買い(中略)この生活を築き上げるために、三十年近く重ねてきた、思い出すだけで脂汗のにじむ苦労、犠牲にしなければならなかった青春期の夢や希望、否、青春のたのしみそのものを、暮夜、ふと思い出すと、どうにもたえかねて、一人冷たい酒で、そのぎちぎち音をたてるほどこりかたまった疲労とつらい想い出をまぎらし、ときほぐすほかなかった。生意気ざかりの子供に、その贅沢な物の使い方を説教し、ついでについ「戦争中は……」といいかけると、「関係ない」などと軽蔑したようにいわれて、カッとなって全身の筋肉が強張るのを無理におさえて、強張った笑いを浮かべ、殴り飛ばすのを我慢したために、いっそうみじめな、卑屈な気分になって、それをときほぐすために酒を飲み――」

     この、戦中世代の、飢えや廃墟の記憶と、それから必死に働いたことと、必死に働いて築いた平和や豊かさを無自覚に享受している若い世代への怒りというのは、かなり広範に理解されうる感情なのではないかと思われる。日本はその進歩・発展があまりにも急速だったので顕著なのだが、社会が豊かで良くなって行くときに、自分より下の世代や子供たちに抱いてしまう「嫉妬」や「怒り」という普遍的な感情がここには描かれている。
     その嫉妬や怒り、豊かさへの違和感というものは、「東京」の章で、主人公の「感じ方」のまで影響を及ぼしている。主人公の深海潜水艇の操縦者である小野寺は、銀座のバーの華やかな空間や、有閑階級の若者のパーティの中で、違和感を抱きながら、場にうちとけることができない。煌びやかな高層ビルを見ながら、小野寺はこのような感慨を抱く。

    「この街は、上へ上へとのびている。――地上を行く人々は、しだいに日もささない谷底や地下に取り残され、じめじめした物かげで、何かがくさってゆく。――古いもの、取り残されたもの、押し流されてたまってゆくもの、捨てられたもの、落ち込んで二度と這い上がれないもの……なま暖かい腐敗熱と、悪臭のガスを発散しながら、静かに無機質への崩壊過程をたどりつつあるものの上にはえる、青白い、奇形のいのち……」

     この文章は両義的であると同時に、この作品の「日本を沈没させる衝動」を見事に表している。都市の煌びやかな進歩の陰で、古いものや取り残されたものがたまっていく。それは、このシーンの前後が銀座の煌びやかな描写であることから、因習的な日本的なものや、先ほどの老人の抱いているような「廃墟」からの恨みの心情と対応しているだろう。そのような敗戦によるルサンチマンとは無縁の、戯れる人々を、違和感を持って主人公は眺めている。そしてこの引用の後半、「なま暖かい腐敗熱と、悪臭のガス」というのは、文字通り地下のマグマのことであると同時に、「進歩」によって忘れ去られたある精神的なものを示していないだろうか。この文章では、明らかにその両者が重なるように描かれている。不必要なまでに描かれる銀座や、別荘でのパーティのシーンは、そのような「焼跡」を忘れた日本に対する「忘れ去られた」ものの怒りや嫉妬が、日本を沈めるのだという解釈に誘う。
     最初に引用した老人の、作品のエンターテイメント作品としてのバランスを欠いた独白にはまだ続きがある。

    「でもいいのだ。あのつらさ、あの苦しさ、人の心が一筋の芋をめぐって豺狼のごとくいがみあうあの地獄を味わわさないために、自分が――自分たちの世代が、多くのものを犠牲にし、苦しいことを我慢し続けてきたのは、結局よかったのだ。子供たちに、あの地獄が、まるで想像できなければ、理解もできないのは、おれたちががんばってきた「成果」なのだ。おれの子供は、絶対にあんな目にあわせたくない、と思い続けたことが、今、達成されたではないか」

     そう思って、憂さを晴らすために軍歌を歌えば、若手の「かっこいい」サラリーマンに軽蔑の目で見られると書いてある。ここにある葛藤は極めて重要である。下の世代のために自分を犠牲にして働いて社会を豊かにしたのに、それを享受して感謝しない子供たち。それどころか、馬鹿にする若い世代。それらに対する怒りは当然であろう。しかし、そもそも彼がそんな風に自分を犠牲にして働かなければいけなかった理由は、戦争と敗戦による「飢え」の経験である。敗戦と廃墟というトラウマが、彼を駆動させたのだ。そしてそのトラウマを共有しない若い世代が、そのような反復強迫的な、進歩や労働への意識を持たないのは当然であろう。かくしてトラウマを負った世代の、そこから自由な世代への怒りと嫉妬は、「彼らにもトラウマを負わせる」という形になる。それが、日本が沈没するということである。焼跡を忘れ、感謝をしない、豊かさを享受している連中に、その足元が崩れて、「焼跡」的状況をトラウマとして打ち込むこと。そのような欲動が、この作品を駆動させている。
     だがもちろん、トラウマを受けたことに対して、トラウマを与え返すことは、虐待の連鎖や、いじめられていたものがいじめる側に回るという、悪循環しか生まない。確かに、戦中世代への若者の敬意のなさや、遊戯的に楽をして生きている(ように見える)彼らに対して、焼跡的なものを突きつけることは、多いに意味のあることだろう。しかし、これではトラウマの連鎖と再生産にしかならないのではないだろうか――その自覚は、先の老人の発言に当然含まれている。しかし、そう分かってもなお、溢れる怒りのどうしようもなさが、この発言には見受けられる。
     2010年5月6日に『東洋経済オンライン』に掲載されたインタビューの発言も、その上に理解するべきであろう。(http://www.toyokeizai.net/life/column/detail/AC/19f72c857f49de4f74355591ecbd730a/)

    「今の日本の若い人には、もっと生々しい歴史を学んでほしいと思っています。
     僕は小・中学生のときに戦争を経験しました。いちばん怖かったのは、食べるものがないという飢餓体験です。終戦になった中学3年生の食べ盛りのころは、1日わずか5勺(90ミリリットル)の外米と、虫食い大豆や虫食いトウモロコシ、ドングリの粉ぐらいしか食べられませんでした。消化の悪い炒り豆を食べては水を飲んだので、しょっちゅう腹を下し、毎日フラフラでした。
     そんな飢餓体験が、僕の処女長編小説『日本アパッチ族』の基になっています。「アパッチ族」と呼ばれるくず鉄泥棒が、鉄を食う「食鉄族」となって、鉄でできている物を片端から食いまくり、日本人の生活を脅かしていくという荒唐無稽なストーリーです。
     執筆当時、極貧生活で、唯一の娯楽だったラジオさえも質に入れなければならなかった妻を喜ばせるために、夢中で書いたものです。
     日本は幸か不幸か地震の多い国です。1995年1月には、阪神大震災で6000人を超える人が亡くなりました。若い人はこうしたつらくとも生々しい歴史から学ぶという訓練を、自ら進んでやってみてほしい。」

     この意見には、戦争経験という「悲劇」を宿命として背負った作家の発言として賛同する部分があるのだが、危険な部分もあるように思う。「いまの日本がユートピア」であり、例えば若者やフリーターは甘えているという言説と、この心情は親和性が高そうに思うからだ。それは心情である以上、現実や論理の問題ではなく、人々に抱かれてしまう。さらに、『日本沈没』では、日本のために、長時間労働し、日本人救出のために命を落とす者たちが肯定的に描かれているが、これは一歩間違えば、ナショナリズムを利用して過労死させるまで人を使い捨てにしている現代のブラック企業を肯定するロジックとして使われかねない。というよりは、小松が崇高で美しいものとして描いた自己犠牲の理念が、ブラック企業などに悪用されているのではないだろうか。小松は「日本人」のために、自己犠牲的に労働する人々を描いたが、現在は労働は「日本人」のためという枠を超えて、グローバル資本主義やグローバル経済のネットワークの中で自己犠牲的労働が必要とされている。
     確かに、「ブラック企業」だとか「労働基準法」であるとか、あるいは「鬱病」という名称やカテゴリを作って行く事自体が「甘え」だという指摘も頷けなくはない。昔はそんなものは気にしないで働いたんだ、社会のために、発展のために、と言われれば、それはそうなのだろうと思う。しかし、心理的、精神的に社会がよくなっていくことを願うのならば、下の世代に、自分たちが経験した「辛さ」を経験させることが、良いことなのかどうか。トラウマを与え続ける連鎖よりも、尊敬と愛情を勝ち取るようなコミュニケーションこそが重要なのではないかと思われる。若い人間も、高度成長に尽力した世代に人たちを馬鹿にしたり嘲笑ってはいけない。理解し、敬意と感謝を抱くべきだ。そうして初めて、トラウマの連鎖でも嫉妬でもない世代間の交流の可能性が生まれるだろう。
     『日本沈没』は、「進歩」の影に潜む世代間の「不調和」を描いている。その不調和のマグマ的エネルギーが日本を沈めていくというこの物語から、学ぶべきところはたくさんある。1970年に「人類の進歩と調和」を謳った大阪万博が開催され、そこに小松もテーマ館サブ・プロデューサーとして参加していたことと、この作品が1964年〜1973年にかけて書かれていたことからも、示唆を受けるべき事柄は大量にある。今尚学ぶべきところが多くある名作である。

                            (藤田直哉)
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