TOKON10実行委員会公式ブログ

第49回SF大会TOKON10実行委員会の公式ブログです。
開催日程:2010年8月7日(土)〜8日(日)
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東京SF大全39「とらんぷ譚」
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    「とらんぷ譚」(小説・中井英夫・連載1970〜1978・一冊本初刊行1980)
    (書誌情報は複雑なため省略。現在は創元文庫版「中井英夫全集3とらんぷ譚」と講談社文庫の「幻想博物館」「悪魔の骨牌」「人外境通信」「真珠母の匣」4分冊が入手可)


     伝説のミステリ作家にしてカルト的人気を誇る幻想文学作家。中井英夫作品と東京は切っても切れない。田端に生まれ育った中井はまさしく東京の申し子で、多くの作品に何らかの形で東京が登場する。かの代表作「虚無への供物」では、目黒不動をはじめとする「五色不動」などの地名が印象的に用いられていた。「虚無への供物」が文字通りの「東京ミステリ」だとしたら、もう一方の代表作であるこちらは間違いなく「東京SF」と言っていい。
     本全体を一組のトランプに見立て、全54本の短編から成る壮大な連作長編。しかもその物語は13本ずつ大きく4つのストーリー(スペード、クラブ、ハート、ダイヤ)に分かれ、さらにジョーカーにあたる短編2本が最後に付け加えられている。4つのストーリーはそれぞれ独立して楽しむこともできるが、あちこちにちりばめられた小道具でゆるやかに結びつき、全体として1本の長編小説として読むことも出来るという凝りに凝った構成に、初見時は驚愕した。個人的には「虚無への供物」よりもむしろこちらが好みで、日本SFの歴代作品投票では必ず長編部門の一冊として加えるようにしている。
     今回、全体に気を配りながら慎重に読み返してみたが、4つのストーリーの構成がかなり意識的に違えられていることに気付いた。
     第1部「幻想博物館」は、精神病院「流薔園」を舞台に、患者たちの物語がひとつずつ紹介されていくという設定で、各短編の独立色は強い。だが読み進むにつれて、個々の話が影響し合い、ひとつの物語に溶け合っていく。物語の舞台は、慎重に「どこともしれぬ場所」に設定されているが、よくよく読んでみるとあちこちに「世田谷」や「茅ヶ崎」などの地名が顔をのぞかせる。最後には我慢できなくなったようで、かなり重要な場面で「T**自然動物園」なる場所が登場する。これはどうみても「多摩動物公園」のことだろう。
    東京から逃れることはとても無理だ、そう思い定めたのだろうか。第2部「悪夢の骨牌」では、非常に印象的な形で東京の各地が次々と登場する。「緑の唇」では、瑠璃夫人の回想が、ほとんど香具師の口上のように過剰なものとなっていき、戦後間もない池袋から浅草に至る街並みがまるで魔界のごとくに描かれる。序盤の「アケロンの流れの涯てに」では、地下鉄工事のトンネルに入りこんで、築地の三原橋近くに出ると、そこは昭和9年だった…という展開。タイムトラベルやエスパーが次々と登場し、最後は圧倒的な「時間嵐」の描写と共に幕を閉じる。幻想的な演出を施されているものの、本書の4エピソードの中では飛びぬけてSF色が強い。ストーリー的にもはっきりとつながっており、まとまった1本の長編と言ってもいいだろう。
     続く第三部「人外境通信」は、ストーリーの結びつきがもっとも弱く、小道具を手がかりにイメージの尻取りのような形でつながっていく。第4部「真珠母の匣」にいたっては、ストーリーはほぼつながっているものの、幻想的要素がほとんどなく、困惑させられる。一見、それぞれに弱点がある。ここで終われば腰砕けだろう。だが、最後の2篇のジョーカーに至り、すべての物語が有機的につながり合ってひとつの物語になっていること、4つの物語が精巧な企みによって影響し合っていることに気付かされる。すべては計算づくなのだ。
     全体を通して一本の物語と考えたときに、「とらんぷ譚」は妄想の物語であることが分かる。タイムマシンや宇宙人、超能力などのSF用語も頻繁に登場するが、その多くは妄想と区別がつかない形で描かれている。そしてそれは閉じた妄想にとどまらず、外側の世界に大きな影響を与えていく。なぜか。「とらんぷ譚」は日本の十五年戦争を巡る物語でもあるからだ。国家とそれに取り入る詐欺師たちによって仕立て上げられた「大東亜共栄圏」および「満州帝国」という見下げた妄想に付き合わされる不条理。対抗するためには、自身も強い妄想を抱くしかない。中井がそうした強い決意と共に戦時を生き延びてきたことは、戦中日記「彼方より」を読むとよく分かる。
     妄想は個人の脳内にとどまるものではなく、常に外側の世界を侵食し、自らの領域を広げようとする。SF用語が頻出するからではなく、こうした物語全体を貫く思想に、強固なSF的想像力を感じさせられる。逃避ではなく対抗手段としての妄想。「とらんぷ譚」は妄想と妄想がぶつかり合い、闘いを繰り広げる物語なのである。
    (高槻真樹)
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