TOKON10実行委員会公式ブログ

第49回SF大会TOKON10実行委員会の公式ブログです。
開催日程:2010年8月7日(土)〜8日(日)
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東京SF大全43『マーダーアイアン 絶対鋼鉄』
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     タタツシンイチ『マーダーアイアン 絶対鋼鉄』(2006 徳間書店 第七回日本SF新人賞受賞作)


    「それで、次は何をやるつもりなんです?」六月の始めのことである。SF評論家が裏で悪巧みをしている掲示板で、ぼくはそんな質問を受けた。そして、ひどくうろたえてしまった。「ええそうですね。(もうSFMの原稿を上げたばっかりでこっちは何も書くことがないよ)それは様々で。(カーテンコール…… カーテンコール…… もう俺はでがらしだよ……)じつにいろいろ、考えている最中なのです……(なにも考えがないよ、どうするんだよ)」言い逃れの口実を考えていた。何を訊かれているのかは、よくわかっていた。かれこれ九ヶ月近く、ぽつぽつと続けてきた「東京SF大全」も、ようやく終わりを迎えるところだった。
    「でさー、何扱っていいかわかんないんだよ。もう、色々とネタ切れになってきたし、不用意に目の肥えた人たちに浅い原稿を見せてバカにされるのも嫌だし…… え? 未来? 希望? 何言ってんの? あ、確かそういうテーマ、あったね。若い〈ロスジェネ世代〉的な閉塞感の中に、いかにして希望を取り戻すか、というテーマね。確かにそういうテーマをもって書いてきたつもりだけどね。うん。そう。未来とか変化に向けた期待が極端に落ちている状態だと、変革された社会を描くSFに訴求力はなくなってしまうんだよ。SF大会も、SFセミナーも、若い人がいない。ライトノベルとかに面白いSFはいっぱいあるのに…… だからSFを復興させるためには未来への希望を復活させないといけない、世界が変革できて変わっていくというリアリティこそがまず大事で…… え? 冬の時代は結果的によかった? そんなこと言ってると、クズSF論争の人に殺されるよ? なになに? SFの冬の時代と言われていたものは、後の日本社会の陥る状況をかなり先駆的に掴んでいたのだから、その冬の時代を突破しようとした作品は、現代社会の冬的状況を突破するような心理的リアリティを与えるかもしれない? 例えばなんのこと言っているの? 片理誠さんの『終末の海』? 世界が終わってしまって、寒い海で資源がなく彷徨って、救いの気配もなく、自殺を選ぶ人も多いが、それでもなんとか生き延びようとする話? 確かに、それは、SFの状況と現代社会の両方にマッチングしているなぁ。うん。なに? SF新人賞と小松左京賞関連の作家は絶対もうすぐムーブメント起こしてすごいことになるから、その手の新しい作家を扱うことで、未来に繋げ? で、何を扱うんだよ? 『鉄男』で始まったから、鉄で始まって鉄で終わると、ウロボロスでカタルシス? 何を言っているんだ? で結局何を扱えって?」
     そしてぼくの手許には、赤い本がある。『共産党宣言』ではない。『マーダーアイアン 絶対鋼鉄』と書いてある、タタツシンイチ著の、第七回日本SF新人賞受賞作が……

              ○

     基本的な世界設定は、バブルが弾けなかったまま進んだ日本の未来社会。そこは「歪な経済大国」である。そこは「世界最多の休日日数」を誇っているという……。高度消費社会における記号的な資本の増大のカリカチュアのような「無限バブル」がこの世界には起こっており、東京はバビロン都市と化している。BubbleのBabylonであると、わざわざbabbってみる必要もなかろう。
     せっかくバブリングの雰囲気になってきたので、本作の文体について少し。基本的には引用過多で、縦書き横書き、英語と日本語、広告の文章や名刺(おお、安部公房の『壁』だ!)が直接登場する。それどころか、作中に対する2ちゃんねるのリアクションじみた掲示板の書き込みまで登場する。このガチャガチャしたパロディックに猥雑な文体の中に、「鉄による殺戮」の際には、リズミカルで剣戟小説のような重みのある文体が混じる。この文体の魅力は、途方もない。この作家の最も優れた資質の一つであろう。ここまで「ガチャガチャした」祝祭的な文体は現代日本では稀有である。
     それが、ハロウィンの祝祭と、殺戮の祝祭性と相互作用を起こしている。本作は、圧倒的な力を持つ、ハリウッド映画的なアメリカのスーパーヒーローたちと日本が戦うという基本構造を持っている。実際の戦闘以上に、その戦闘をスペクタクルに見せ、映像商品かする最強のHEROたち。それに立ち向かうのは、諜報や科学技術がいろいろと貧弱だと思われている日本である。
     そして日本の「鉄」のロボット、「タケル01」が立ち向かう。ここで、僕が日本SF鉄の系譜について一説垂れるのは蛇足以外の何でもない。一応確認しておくと、小松左京が『日本アパッチ族』(64)で鉄を食べさせたときから、SFと鉄との縁は深いことになっている。それはテクノロジーと一体化することの隠喩であると同時に、規範から外れることを意味する。国会でアパッチ族の真似をしてふざけるシーンを見ると、SFマニアとはアパッチ族の子孫そのものなのではないかとすら思われてくる。そして、言うまでもなく『鉄腕アトム』『鉄人28号』などのヒーローが挙げられる。SF活劇を志向し、故石ノ森章太郎に対する献辞を捧げている本作は、どちらかというとそちらの「鉄」の系譜だ。とにかく、強くて助けてくれるヒーロー、テクノロジーと強さの象徴としての「鉄」だ。
     しかし、この「タケル01」は、アトムのようにかわいくない。マジで怖い。調子こいているアメリカのヒーローどもを、淡々とぶちのめす。そう、まるで国粋主義的な傾向を持つ2ちゃんねらーが、アメリカなどを叩いてやっつけたいと思って炎上や祭りに殺到し、そのエネルギーが形となって本当にアメリカをぶちのめし、そして最大の祝祭とカーニバルが起こっているかのようである。カーニバルの猥雑さの中で、地位は逆転するとバフチンは言う。本当はネオリベラリズムなどで現実にはアメリカに蹂躙されまくっている(と格差系の人たちが主張している)日本であるが、その立場が祝祭性の中で逆転する。日本の神話的なものと結びついているらしき「鉄」の勝利に、全くナショナリストのつもりのなかった僕も、思わず喝采を挙げている。アメリカがぶちのめされたら爽快、という、基本的なカタルシスのパターンがここにはある。
     一般論として、どうも日本の不況や格差の原因や若者の非正規雇用の原因は、アメリカ型の新自由主義政策にある。と言われている。諸説があるので真偽は分からないが、一応はこの説を採ることにする。例えば、現在フリーターとかで鬱屈している若い読者がこれを読んだらどう思うのだろうか。アメリカをぶちのめして爽快、日本の技術力は世界一ィィィィッとなり、万々歳だろうか。そういう快楽は確かにある。詩人のヴァレリーは、ヨーロッパ精神とは「技術」だと言った。従って、それはすぐに模倣されて世界中に広まる。するとそこもヨーロッパになる。するとヨーロッパ精神の危機が訪れる。そのヨーロッパ精神の危機を克服するためには、常にイノベーションを続けるのだ。常に技術の最先端に立ち続けることが重要なのだ。一時期までの日本は、ヨーロッパ以上にヨーロッパ精神に忠実であろうとしていた。技術の優位性こそが軍事力と結びつき、経済と、そして民族あるいは国家の誇りをもたらすものとして重要なのだ。
     とはいえ、やはり科学技術開発を評価する報告を見ると、今でもやはりアメリカが強い。軍事も経済も強い。こういう圧倒的な現実に打ちひしがれ、現在の若者は期待水準も希望水準も低いらしいのだ。つまり、未来や世界に何かいいことがあると全く思っていないのだ。だが、本作はそんな中に、カーニバルの幻視の中に、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という気持ちよさを取り戻させてくれる。そして、日本人が(個々の人間はいろいろだっただろうが)「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という自己愛と自尊心を肥大化させていた時代が、たったの30年前であることを本作は思い出させてくれる。(エズラ・ヴォーゲルによる同名の著作が1979年)
     敗戦が1945年。その「焼跡」を小松左京は『日本アパッチ族』で描いた。そしてその「焼跡」を原動力にして、たった30年で高度成長が訪れた。そして80年代のバブルの躁じみた狂騒の後、20〜30年。たった30年で、こんなにも景色や状況が変わるものなのだろうか。だとすれば、「焼跡」で必死に30年間頑張って高度成長が訪れたのだから、現在でも頑張れば今のような不況が続くはずはないのではないかと思ってしまう。もちろん、欲求五段階説や、精神的充足などの別種の問題が存在していることも承知の上でだ。今は、何かを始める地点として、1945年よりはマシなのではないだろうか。
     しかし、作中の無限バブルが続いている日本と、我々のいる現実の、如何に遠いことか! 読み終わった後に、寂寞感とともに、そんなことも思うのも事実なのである。カーニバルの後というのは、大概にしてそのようなものなのかもしれない。しかし、だからこそ無限バブルが凄いのだ。祭りの終わりの疲労や寂しさのない、永久に続くバブル……
    (藤田直哉)
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