TOKON10実行委員会公式ブログ

第49回SF大会TOKON10実行委員会の公式ブログです。
開催日程:2010年8月7日(土)〜8日(日)
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東京SF大全3 「スーパージェッター」――前向き少年の時代
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    (テレビアニメ、TBS、1965〜1966年)



     あの頃すべては若かった。わたしたち日本人も。日本が突き動かし、日本が突き動かされた時代そのものも。そしてSF作家たちも。東京オリンピックから大阪万博にかけての、いわゆる「高度経済成長」時代の熱気のド真ん中で、新幹線ひかりは日本列島を突っ走った。

     テレビの画面の中では、『スーパージェッター』の流星号と『マッハGOGOGO』のマッハ号が、爽快に駆け抜けた。「ひかり号」と「「流星号」と「マッハ号」に共通する流線型という美しいフォルムは、あの時代の子供たちの希望の象徴であった。「イタリア未来派」の美学にも似て、「速度の美」にわたしたちは酔いしれた。「流星号」はマッハ15のスピードで疾走する万能メカだった。「マッハ」という記号は、あの時代、一点の翳りもなく輝いていた。

     『スーパージェッター』の主題歌のシニシズムを知らぬ明るさ。イントロのギターのストロークが前のめりの正義の無垢を励まし続ける。『マッハGOGOGO』の主題歌のイントロのドラムの息急き切って刻まれるリズムもまた、凄まじいもので、あのようなポジティヴさとは、もう二度と出会えないのではないかと思う。とにもかくにも、オリンピック直後の東京はおのが未来を確信し、めったやたらと明るいマーチのリズムに乗って、バリバリと時代の大通りを突き進んでいたのである。

     東京オリンピックの三か月後(1965年1月)に放送が始まった『スーパージェッター』には、売れっ子になる前の若きSF作家たち(豊田有恒、筒井康隆ほか)が集結し、脚本を書いた。シニシズムに汚染されていないSF。ジェッターは、「正義の人」としての自分にいささかの疑念も感じてはいない。『スーパージェッター』の物語は、完全な善を体現する30世紀が愚かな20世紀を教育するという側面を持っている。ほんとは、小林信彦が東京オリンピックを憎むように、時代の翳も存在したのだが、「無垢な未来」を信じることで、シニシズムをうっちゃることが可能だった。シニシズムを知った意識が「無垢な過去」を捏造したのが『三丁目の夕日』である。(石和義之)
    | 東京SF大全 | 09:07 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
    コメント
    『スーパージェッター』が、あの、ペシミズムと苦悩に溢れた『エイトマン』の後番組であったことを、どのように位置づけなさいますか?
    | syakkyow | 2009/11/22 6:49 AM |
    syakkyowさま

    わざわざ私(石和)の拙攻にコメントをお寄せいただきありがとうございました。

    『エイトマン』と『スーパージェッター』の質感のあまりの落差について、ご指摘されたと受け取りました。時代は、なにも、『スーパージェッター』のみで語られるわけではないと、おっしゃりたいのではないかと、推察いたします(誤解であれば、お許しください)。

    まず断っておかなければならないのは、私は1962年生まれであり、おそらく『スーパージェッター』を再放送で見ているということです(1968年ぐらいだと思います)。そして『エイトマン』につきましては、その名は知っているものの、番組自体は、見たという記憶が残っていません。

    子供のころ、新幹線(初代ゼロ系)が大好きだった私は、流星号とひかり号を、そうと意識することなく、重ね合わせていました。とにかく「流線形」というかたちに強く惹かれていました。その原体験が、あのようなかたちで、『スーパージェッター』の原稿に反映されたと思います。私は、典型的な高度経済成長時代の子供でした。明るい未来を信じるという、無邪気なオプティミズムに浸りきっていました。ですから、「ペシミズムと苦悩」のような人間や社会のもう一つの重要な側面を視界に納めずに生きていることができました。

    中学生になって、『エイトマン』の原作者である平井和正氏の「ゾンビーハンターシリーズ」や「ウルフガイシリーズ」「サイボーグ・ブルース」を読んで、そちらのほうの感覚を目覚めさせられたように思います。

    高度経済成長時代、マジョリティな気分は『スーパージェッター』の側にあったのでしょうが、また別の部分では、『エイトマン』やどうしても「東京オリンピック」を認めることのできなかった小林信彦氏のような感覚も存在していたのだと思います。『エイトマン』と『スーパージェッター』という異質の内容が隣り合わせになっていたことは、今回の御指摘で、初めて気付き、大変興味深く感じております。またそうした共存はいいことだと思います。ただ65年から70年にかけては『スーパージェッター』的なものが優位だったように、個人史の記憶においては、記憶されています。『エイトマン』的ペシミズムを取り込みつつ、右肩上がりに階段を駆け上ってゆくリズムと『スーパージェッター』は、幸福にも同調することのできた番組なのではないでしょうか。「位置づけ」として、私に語れるのは、こんなところでしょうか。論の薄弱さはご容赦ください。今後の原稿で、できるかぎり挽回したいと思います。

    今後とも、「東京SF大全」のご愛読のほう、よろしくお願いいたします。そして「TOKON10」をご支援ください。

    | 石和義之 | 2010/01/15 2:24 PM |
    石和様。

    syakkyowのほんの僅かなコメントに、丁寧で真摯なコメントを返していただき、本当にありがとうございます。

    わたしは『エイトマン』の初放映をリアルタイムで体験できた、石和様よりもちょっとだけ上の世代の人間です。

    わたしは『エイトマン』が大好きでした。
    わたしはちょっとひねくれたこどもだったのかもしれません。
    深い苦悩や悲しみをかかえながら、それでも、自らにはもう閉ざされてしまった(なにしろエイトマンは死者なのですから)未来に望みを持って、自分を捨てて、他者を守って闘い続けるエイトマンに深く深く感情移入して、毎週、まるでもう一つの人生を味わうかのようにあの番組を観ていました。
    だからその『エイトマン』が放映を終えたとき、わたしはとても悲しかった……。

    そして、わたしのその至福の時間を襲う形ではじまった『スーパージェッター』は、『エイトマン』とはまったくテイストの違う作品でした。
    『スーパージェッター』はそれなりには面白かったのですが、あの無邪気で苦悩のないお話を、わたしは『エイトマン』のように自分に重ねてまで感情移入して観ることはできませんでした。

    そしてわたしは『エイトマン』を愛するあまり、『スーパージェッター』に、ちょっと複雑な感情を持ってしまったのです。

    *  *  *

    わたしは、『エイトマン』と『スーパージェッター』はまさしく対となって語られるべき作品であると思います。
    どのような経緯で『エイトマン』が『スーパージェッター』へとバトンタッチされたのかはわかりませんが、『エイトマン』によって確立された方法論を踏襲して制作された『スーパージェッター』は、『エイトマン』の闇の部分をすべてそぎ落として成立した作品なのかもしれません。
    「売れっ子になる前の若きSF作家たちが集結し、脚本を書いた。」という点でも、『エイトマン』は『スーパージェッター』に先行しています。

    *  *  *

    あの当時、多分時代の共通理念として、明日は今日より素晴らしかった。
    もちろんわたしも、明日は今日より素晴らしいのだと信じてこども時代を生きていました。
    あのペシミスティックに苦悩するエイトマンですら、明日は今日より素晴らしいと信じていたのだと思います。
    だからこそ、エイトマンは、自らには閉ざされた未来のために、捨身の思いで闘うことができた……。
    時代が幻視する未来が、『スーパージェッター』の未来ではなく、『ブレードランナー』や『北斗の拳』の未来になってしまった今となっては、それがなおさら悲しいのですけれど。

    明日は今日より素晴らしいという幻想の中で育つことができたわたしたちは、多分、幸せだったのだろうと思います。
    | syakkyow | 2010/02/01 8:11 AM |
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