TOKON10実行委員会公式ブログ

第49回SF大会TOKON10実行委員会の公式ブログです。
開催日程:2010年8月7日(土)〜8日(日)
東京SF大全41『TOKON8』
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     SF都市の宴


     初めてSF大会に参加したのは二〇歳になった直後の夏、一九八二年のことだった。TOKON8である。SFは<拡散と浸透>の時代が爆発的に拡大しつつあったころで、ハヤカワSF文庫、創元SF文庫、サンリオSF文庫はもとより、集英社のワールドSFの刊行も始まっていた。後に大ヒットする『超時空要塞マクロス』のデモフィルムが最初に放映されたのもTOKON8だった。
     一般に千葉県は首都圏と思われがちだが、私(と朱鷺田祐介)の出身地は、四年前に創刊されたサンリオSF文庫の第一陣が、二件しかない本屋の一つ店頭にそっくり置かれたまま(一九八八年まで)になっているような辺境だったから、TOKON8の会場に足を踏み入れた瞬間に解ったことは、ここはSFの都市国家なのだという事実だった。
     SF大会とは、単なるコンベンションではなく、SF都市の宴だったのである。
     以来、私にとっては東京での生活そのものがSFと化していた。SF大会が一個の都市国家の宴である以上、年一度のお祭りとして終焉するはずもなく、日常を蚕食するようにして拡大することは必然的な結果であったからだ。TOKON8は、翌年にはTOKON大阪大会、翌々年にはTOKON蝦夷大会と擬態を繰り返して成長する怪物のように思われた。
     <拡散と浸透>の時代と言われながらも、当時はSFと主流小説との境界は比較的はっきりとしていた。TOKON8の直前くらいに出版された『SFセミナー』(集英社文庫)で、小松左京さんは、現代SFを「科学文明・宇宙時代の人類を、そこで生きる一個の生身の人間の側から文学の方法で描く試み」と定義した。当時は、私の小松さんの言葉が正しいと信じていたが、二十八年後の今日、SFは当時の姿から大きく変容している以上、小松さんの定義だけでは、主流文学との境界線が消失した現代SFの全てを論じることは容易ではなくなってきているようだ。
     現代SFの新しい定義が必要とされていることは確かだった。それは新しい文学理論の確立と同義でもあるだろう。
     しかしSF都市の宴に引き込まれて右往左往していた二〇歳の私には、二十一世紀のSFは<抽出と凝固>の時代を迎えたなどと主張してSF評論に関わるようになろうとは、全くのところ思いもよらぬことだったのである。 
    (礒部剛喜)
    | 東京SF大全 | 23:54 | - | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
    東京SF大全40『デュラララ!!』
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       成田良悟著『デュラララ!!』はアスキー・メディアワークスの電撃文庫レーベルより2003年に第1巻が発行され、2010年までに8巻が刊行され継続中の物語だ。
       この物語は、池袋における、生ける都市伝説・首無しライダー(女)を軸に、一風変わった一般市民に見える怪人たちの、何組かの三角関係が回転し、絡み合い、噛み合う様を、スピード感ある群像劇として描いている。
       軸になる首無しライダーは、切り取られ持ち去られた自分の首を探す放浪者だ。
       主要な三角関係の第一は、池袋の高校に通う男女三人組で、お互いに好意を抱いているのだが、実はそれぞれが池袋の闇の世界における集団と関わりがある。一方にダラーズと名乗る目的不明・構成員不明・リーダー不明・旗幟不鮮明のグループが暗躍する。ダラーズが正体不明、色で言えば「保護色」の集団とすれば、旗幟鮮明なカラーギャングは抗争、非合法商取引という目的方法ともに明確な集団で常にどこかと対立する。そこに姿なき『切り裂き魔』集団がいかなる理由があってか、抗争に介在してくる。組織はそれぞれの敵からの攻撃によって自動的に抗争を始める。第一の三角関係の高校生たちは友情を守ろうとするが、組織は自身の意思で彼らを抗争に巻き込む。
       主要な三角関係の第二は、裏稼業に生きる情報屋と闇医者と喧嘩屋の青年たちである。愛多憎生(可愛さ余って憎さ百倍)の末に犬猿の仲である。
       彼ら七人を中心に怪人たちが毎回登場しては、暴力の嵐が吹き荒れるのが、このシリーズの特徴である。
       彼ら怪人の特徴は、自他の界面が定まっていない、時に人間としてのタガが外れているところにある。狂言回しとなる首無しライダーなど、人の形の中身が漏れ出してくるなどの象徴性を抱えているし、ほぼ主人公の高校生・竜ケ崎帝人は歳相応にガラスのようにもろくも繊細な感受性と透明な正義感を抱えながら、闇社会における力と関わりを持つ。この内面のこわれやすさと、外界との境界の剣呑さがこの作品の特徴であり、それは、都市と個人とのインターフェイスの問題を表していると、私は考える。
       繁華街・悪所という観点で見ると、新宿と池袋は似ている。違う所は、新宿は「ここから先、郊外が始まる」街であるのに対し、池袋は「ここから内、都会が始まる」街だ。つまり、新宿が田園への出口なのに対し、池袋は都会への入り口だ。
       例えれば、池袋は都会の渚。田舎から流れてきたコアセルベートは生物として環境とのインターフェイスを確立するために、殻を被ったり、刺を持ったり、時にははじけて外部を呑込んだりして、確固たる生物としての独自性を獲得していく。
       壊れやすく軟らかくもろい内部を抱えて、過酷な環境で生きていく界面や表象を獲得する。しばしば、その過剰適応が常識のタガの外れた怪物に彼ら青少年を変身させる。
       暴力に支配された街。現実の池袋はともかく、本作中の池袋はそういう街だ。それはしかたない。なぜなら、ライトノベルの読者に性的充足は禁止されているから。エロスの常識的健全成長を外的規範にすれば、読み手の欲望はバイオレンスのエスカレーションを求める。この作品では性愛は禁忌。ゆえに徹底的に壊す。純愛と暴力。その歪みこそがこの作品の味わいであり、そして規範に拠って立つ都市・東京の歪みをも浮かび上がらせる。

      (鼎元亨)
      | 東京SF大全 | 23:35 | - | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
      東京SF大全39「とらんぷ譚」
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        「とらんぷ譚」(小説・中井英夫・連載1970〜1978・一冊本初刊行1980)
        (書誌情報は複雑なため省略。現在は創元文庫版「中井英夫全集3とらんぷ譚」と講談社文庫の「幻想博物館」「悪魔の骨牌」「人外境通信」「真珠母の匣」4分冊が入手可)


         伝説のミステリ作家にしてカルト的人気を誇る幻想文学作家。中井英夫作品と東京は切っても切れない。田端に生まれ育った中井はまさしく東京の申し子で、多くの作品に何らかの形で東京が登場する。かの代表作「虚無への供物」では、目黒不動をはじめとする「五色不動」などの地名が印象的に用いられていた。「虚無への供物」が文字通りの「東京ミステリ」だとしたら、もう一方の代表作であるこちらは間違いなく「東京SF」と言っていい。
         本全体を一組のトランプに見立て、全54本の短編から成る壮大な連作長編。しかもその物語は13本ずつ大きく4つのストーリー(スペード、クラブ、ハート、ダイヤ)に分かれ、さらにジョーカーにあたる短編2本が最後に付け加えられている。4つのストーリーはそれぞれ独立して楽しむこともできるが、あちこちにちりばめられた小道具でゆるやかに結びつき、全体として1本の長編小説として読むことも出来るという凝りに凝った構成に、初見時は驚愕した。個人的には「虚無への供物」よりもむしろこちらが好みで、日本SFの歴代作品投票では必ず長編部門の一冊として加えるようにしている。
         今回、全体に気を配りながら慎重に読み返してみたが、4つのストーリーの構成がかなり意識的に違えられていることに気付いた。
         第1部「幻想博物館」は、精神病院「流薔園」を舞台に、患者たちの物語がひとつずつ紹介されていくという設定で、各短編の独立色は強い。だが読み進むにつれて、個々の話が影響し合い、ひとつの物語に溶け合っていく。物語の舞台は、慎重に「どこともしれぬ場所」に設定されているが、よくよく読んでみるとあちこちに「世田谷」や「茅ヶ崎」などの地名が顔をのぞかせる。最後には我慢できなくなったようで、かなり重要な場面で「T**自然動物園」なる場所が登場する。これはどうみても「多摩動物公園」のことだろう。
        東京から逃れることはとても無理だ、そう思い定めたのだろうか。第2部「悪夢の骨牌」では、非常に印象的な形で東京の各地が次々と登場する。「緑の唇」では、瑠璃夫人の回想が、ほとんど香具師の口上のように過剰なものとなっていき、戦後間もない池袋から浅草に至る街並みがまるで魔界のごとくに描かれる。序盤の「アケロンの流れの涯てに」では、地下鉄工事のトンネルに入りこんで、築地の三原橋近くに出ると、そこは昭和9年だった…という展開。タイムトラベルやエスパーが次々と登場し、最後は圧倒的な「時間嵐」の描写と共に幕を閉じる。幻想的な演出を施されているものの、本書の4エピソードの中では飛びぬけてSF色が強い。ストーリー的にもはっきりとつながっており、まとまった1本の長編と言ってもいいだろう。
         続く第三部「人外境通信」は、ストーリーの結びつきがもっとも弱く、小道具を手がかりにイメージの尻取りのような形でつながっていく。第4部「真珠母の匣」にいたっては、ストーリーはほぼつながっているものの、幻想的要素がほとんどなく、困惑させられる。一見、それぞれに弱点がある。ここで終われば腰砕けだろう。だが、最後の2篇のジョーカーに至り、すべての物語が有機的につながり合ってひとつの物語になっていること、4つの物語が精巧な企みによって影響し合っていることに気付かされる。すべては計算づくなのだ。
         全体を通して一本の物語と考えたときに、「とらんぷ譚」は妄想の物語であることが分かる。タイムマシンや宇宙人、超能力などのSF用語も頻繁に登場するが、その多くは妄想と区別がつかない形で描かれている。そしてそれは閉じた妄想にとどまらず、外側の世界に大きな影響を与えていく。なぜか。「とらんぷ譚」は日本の十五年戦争を巡る物語でもあるからだ。国家とそれに取り入る詐欺師たちによって仕立て上げられた「大東亜共栄圏」および「満州帝国」という見下げた妄想に付き合わされる不条理。対抗するためには、自身も強い妄想を抱くしかない。中井がそうした強い決意と共に戦時を生き延びてきたことは、戦中日記「彼方より」を読むとよく分かる。
         妄想は個人の脳内にとどまるものではなく、常に外側の世界を侵食し、自らの領域を広げようとする。SF用語が頻出するからではなく、こうした物語全体を貫く思想に、強固なSF的想像力を感じさせられる。逃避ではなく対抗手段としての妄想。「とらんぷ譚」は妄想と妄想がぶつかり合い、闘いを繰り広げる物語なのである。
        (高槻真樹)
        | 東京SF大全 | 20:28 | - | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
        東京SF大全38『東天の獅子』
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          『東天の獅子』(夢枕獏)


          『キマイラ』シリーズ、『魔獣狩り』シリーズなどのベストセラー作品を連発し、その印税で豪邸を建てるなど、夢枕獏は早くから「勝ち組」街道を驀進し続けてきた。さらには代表作と言ってよい『陰陽師』シリーズが映画化されるという僥倖にも恵まれ、「SF作家」にして「国民作家」というウルトラSF級のお伽噺を自ら演じてみせ、世の多くのSF作家の嫉妬を一身に浴びもする。そしてまた、高額納税者の作家ランキングでは、有名ミステリ作家と肩を並べて、ベスト10入りを果たすことに成功する。現在も複数の連載作品を抱えて多忙な執筆生活を送る彼にとって、「SF不況」という言葉など存在しないかのようだ。「日本SF新人賞」「小松左京賞」の休止という峻厳な現実を、涼しい顔をしてやり過ごすそんな夢枕獏が、目の上のたんこぶのごとく苛立ちを覚えてやまないのは、いまや俳優大和田伸也の親族ただ一人であるらしい。「大和田獏ってウザいんだよね」

           「大和田獏」と「夢枕獏」。なるほど似ていると言えば似ているし、違うと言えば違うし、栃木県が茨城県にやるせなくも抱いてしまう敵意に似たものなのかもしれないが、当事者同士にしかわからぬ鏡像への、微かな、だが拭いきれぬ憎悪を、小説家らしく昇華せんと、小気味良い復讐劇よろしく、夢枕は大和田への複雑な想いを、一人称を用いた長編作品に仕立て上げようと奮闘しているという。作品のタイトルは、ずばり、『バクとボク』。

           なかなかおしゃれなタイトルである。と同時にこのタイトルには、作家夢枕獏の存在条件そのものが簡潔に語られているようで、きわめて興味深い。『バク(大和田獏)とボク(夢枕獏)』というタイトルに示された鏡像とのライバル関係の原型は、作家としての夢枕と作家になる以前の素の夢枕の関係そのものにあるのではなかろうか。「米山峰夫」という本名を持つ一人の青年が、「夢枕獏」という虚構の存在へと向けて自らを組織し、鍛え上げていくという、古典的な(あるいはベタな)ドラマに、自意識の懐疑という知的な回路が存在することを忘却したかのように、全身で没入できたという事実のうちに、夢枕獏の栄光がある。

          ここで注目すべきなのは、米山青年によって仮構された「夢枕獏」というペンネームである。一人の無名の青年が選びとったこのユニークな名に一種の熱病の兆候が鮮やかに示されているように思われる。二葉亭四迷、夏目漱石、森鴎外、あるいは三島由紀夫や光瀬龍、栗本薫など、ペンネームを用いる作家は数多くいる。だが、彼らの名と夢枕の名は決定的に違う。漱石や三島は、筆名というもう一つの名によって、自身のアイデンティティを曖昧化し、そうすることで現実や世界を穿つ文学的言葉の実践という戦略を手に入れる。けれども彼らは人間の仮面だけは手放さない。そのような等身大幻想を、「夢枕獏」という名は、軽々と凌駕してしまう。そもそもこの名は人間の名前ではない。その名において、自分が伝説的存在であることを宣言している。「夜郎自大」という言葉が口の端に登る以前に、反時代的な熱病の輝きに対して郷愁にも似た疼きを覚えずにはいられない。

           「夢枕は、懐かしくも、良い漢(おとこ)だなあ」

           とうとうやってしまった。
           「漢」と書いて「お・と・こ」と読ませる荒技を。
           やっちゃったよ。

           それにしてもなんであろうか。「漢」という文字の妖しい艶やかさは。「男」という文字がごく日常的な此岸の地平に属しているとすれば、一方「漢」という文字は彼岸のような究極の高みから、魂の側へと傾斜しやすい人間を誘惑する。男がもう一人の男のただ事ではないふるまいを垣間見た時に走り抜ける官能にも似た戦慄が、周囲の空気を高貴な倒錯の香りで染め上げる。それは排他的な貴族の空間のようでもある。魂を賭けるに足る徴をそれにふさわしく感受するという遭遇の瞬間。例えばそれは、嘉納治五郎が、同郷の女性の前で「猫の三寸返り」という技を披露してみせる志田四郎少年(後の西郷四郎=姿三四郎のモデル)の姿を、偶然目撃してしまった場面が代表として挙げられる。四郎の尋常ではない身の動きに真の「武道家」の気配を察知した治五郎は、三日後、四郎のいる道場を訪れ、四郎との稽古を渇望し、そのチャンスを手に入れる。

           治五郎と四郎の勝負は、白熱を押し殺しつつも、底流には緊張感があふれる微妙なものとなる。四郎という実力者と組んでみて初めてわかる四郎の柄の大きさを治五郎は直接肌で感じ取る。「たとえ、闘ったとて、この志田四郎の実力をきっちり受け止めることができるだけの器量の持ち主でなければ、わからぬ部分であった。/今、この道場で、それがわかっているものが、何人いるか。/道場主である井上敬太郎は、むろん、わかっているだろう。/あとは、横山作次郎と、そして自分くらいではないかと治五郎は思った」魅惑的と言えば魅惑的な、エリート臭さが鼻につくと言えば鼻につく、そのような平凡人とは一線を画す、神々しい貴族の世界が現出している。夢枕獏の『東天の獅子』は、貴族の世界の快楽を体験したいという反時代的な欲望に貫かれている。このような欲望の実現は平成現代では、とうてい許されるものではない。『東天の獅子』が「東京SF」たる所以である。

           夢枕は「まえがき」で次のように書く。「柔道の創始者、嘉納治五郎。/姿三四郎のモデル、西郷四郎。/講道館四天王のひとり、横山作次郎。/柔道王国久留米の中村半助。/大東流合気柔術創始者武田惣角。/仲段蔵、佐村正明、西郷頼母近悳、好地円太郎、照島太郎、松村宗棍、大竹森吉等々――きらびやかでなんという凄いメンツがこの時期の日本に生じたのか」「きらびやかでなんという凄いメンツ」と呼ばれる存在は、センス・オブ・ワンダーをかきたてずにはいられない。幕末から明治にかけての熱い面々が、司馬遼太郎の詩心を鼓舞したように、「天才」「異常人」といったこの世のものではない存在に触れて初めて、夢枕獏の言葉は動き出す。『東天の獅子』の「まえがき」には「物語の力について」というサブタイトルがつけられている。「物語とは物の怪のことだ」と中上健次が言ったと記憶しているが、夢枕が憑かれているのは「物の怪」であり、「物の怪」の肖像を描き出すことが夢枕の創作上の唯一の動機である。「闇が闇として残っていた時代」の「一種の天才」とされる陰陽師・安倍晴明は、究極的には「晴明」という名が象徴するように、権力の側の人間であるが(彼は朝廷に仕える従四位下の身分である)、異界へと越境できる夢枕作品の主役にふさわしい存在である。

           嘉納治五郎もまた、「柔道」を通して彼なりの「異界」を創出した人物であるように思える。治五郎が東京大学に入学した明治10年、「日本は、近代に向けて凄い勢いで走りだしていた」東京の風景は激変していた。「仏国の巴里のごとき街道に、英国の倫敦のごとき街並」が、銀座一帯に造り上げられ、西洋もどきの風景が日本を浸食していた。周囲のそのような風景に、治五郎は強い違和感を抱く。「日本は、日本でありながら、日本という国をどこかへ置き去りにしてしまうのではないかと思いました」そうとは知らずに、治五郎は、近代日本の勃興期において、反近代を幻視した一群の幻視者の系譜に、我が身を置いている。治五郎よりは年下だが、日本の近代に背を向け、異界の物語に埋没した泉鏡花、失われてゆく江戸情緒に執着した永井荷風。そして日本の前近代にユートピアを幻視した小泉八雲。とりわけ八雲は、治五郎が熊本市の第五高等学校校長の時に英語教師として赴任し、治五郎とは縁が深い。

           西欧との出会いによって覚醒した日本の「知」が取りうる原型的な2つのものに「自然主義小説」と「民俗学」が挙げられる。治五郎が築き上げた「柔道」は、彼なりの「民俗学」であった。地方の農村を歩きまわり、民間伝承の説話を採取し、日本人の原像を見出そうとした柳田國男のように、治五郎は明治維新後打ち捨てられ、顧みられなくなった「柔術」や「古武道」を採取して回る。「柔術など、今の時世には流行らぬよ」とあざけられながら。治五郎が通常の「民俗学者」と異なるのは、過去の柔術や古武道を標本として保存することを目指したのではなく、それらを冷静に分析し、総合させることで、まったく新しい柔道というスタイルを確立させたところにある。この一点で、治五郎は民俗学者のイメージから身を引き離し、SF作家の相貌を身に纏うことになる。彼は、いうなれば、コラージュの技術者なのである。「死に体」ともいる過去の遺物を採取し総合し、新しい命を作りだそうとするその姿は、メアリー・シェリーが描いたフランケンシュタイン博士のようである。

           治五郎が幸福だったのは、「富国強兵」という時代のリズムと同調できたことであった。西欧列強の強大さを見せつけられ、おのが非力を克服しなければならなかった近代日本に同調するかのように、治五郎は自分の「小さく、痩せた身体」を恥じ、そのコンプレックスを柔道によって克服しようとした。夢枕獏は「明治という時代であるからこそ、このような人物が輩出された」と書くが、『坂の上の雲』(司馬遼太郎)の時代の欲望を忠実に体現してみせたのが、嘉納治五郎であった。彼は近代日本のナショナリズムを幸福に生きた。あるいは、ナショナリズムという熱病を幸福に病んだ、と言った方が正解かもしれない。それは麻薬の快楽にほとんど似ている。

           木村政彦という「“鬼”と呼ばれた柔道家」がいる。彼は「講道館柔道史における異能人の血の系譜上に生れた人間」である。木村は言う。「強さというのは、一種の麻薬です。そのためには、自分らは狂ったようになってしまうんです。何でもできるし、どんなに辛い練習であろうと、それに耐えられてしまうんです」ここには垂直に燃え立つ焔を、生の環境としてしまった者の痛ましいまでの甘美な快楽が露呈されている。そしてこの燃え上がる焔の熱さは、明治の熱さであり、高度経済成長時代の熱さであり、そして太平洋戦争下の総力戦体制の熱さでもあろう。

          まどろみと安らぎの「水」ではなく、屹立し闘争する「火」。荒ぶる「焔」を模倣することに疑いを持たぬ、そんなはた迷惑で魅力的な男たちが『東天の獅子』には犇めきあっている。夢枕は熱い。ことによると、この夏の異常な猛暑は、夢枕獏がTOKON10にメイン・ゲストとして参加することへの前祝いかなにかではなかろうか?連日、新聞・ニュースの話題を掻っ攫うほどに、気象天候を夢枕化してしまう夢枕獏は罪深いほどに熱い漢だなあ。TOKON10が開催される8月7日8日の東京都江戸川区は、埼玉県熊谷市を青ざめさせるほどに暑くなることは確実であるから、覚悟して参加されたし!
          (石和義之)
          | 東京SF大全 | 18:38 | - | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
          東京SF大全37「塵埃は語る」(『少年科学探偵』より)
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            カーテンコール

            (児童文学・小酒井不木・1926年) 


            (『小酒井不木探偵小説選』(論創社「論創ミステリ叢書8」)
               (引用は本書によった)

            (〈子供の科学〉・1926年 → 『小酒井不木全集 第13巻 探偵小説短篇集』(改造社)・1930年 → 『少年科学探偵集』(平凡社「少年冒険小説全集」)・1930年 → 『少年科学探偵』(春陽堂少年文庫)・1932年 → 『紅色ダイヤ』(世界社)・1946年 →『少年少女世界の名作文学 第48巻』(小学館)・1967年 → 『小酒井不木探偵小説選』(論創社「論創ミステリ叢書8」)・2004年)

             誰しも「原点」がある。
             あなたにとっての原点は何だろう?
             私、宮野にとっては、この「塵埃は語る」である。小酒井不木による『少年科学探偵』シリーズの中の一篇だ。1961年生まれにしては、ずいぶん渋い、とか言われそうだが、もちろんそれなりの理由がある。
             小酒井不木(1890年〜1929年)は日本における推理小説の草分け的存在である。江戸川乱歩にも大きな影響を与えた。この『少年科学探偵』シリーズは特に評価が高い。小学館の『少年少女世界の名作文学 第48巻』にも収められていて、宮野の世代でも手に取る機会の多い作品である。
             主人公、12歳の塚原俊夫くんは、麹町に住んでいる。天才少年である彼は、科学知識と持ち前の推理力を駆使して難事件を鮮やかに解決し続ける。俊夫くんに探偵になることを勧めたのは、赤坂の叔父さんだ。
             別に麹町でなくとも、赤坂でなくとも話は成り立つ気もするが、作中には東京の具体的地名がいちいち示される。
             なぜだろうか?
             小酒井不木は、この作品を発表する4年前、雑誌〈新青年〉1922年2月増刊号に載せたエッセイで次のように書いていた。

             ある探偵小説の中に「紐育は世界中で最も安全な隠れ場所である」と書いてあった。倫敦にいると、スチーブンソンの書いた『新アラビア物語』の中の話も無理でないと思った。これに反して東京あたりではどうも奇怪な、大きな犯罪が事実ありそうにも思えぬし、また東京を背景として小説を書いてもさほど面白くなかろうと思う。
                             (「科学的研究と探偵小説」)

             
             さほど面白くなかろう……それでも、東京を舞台に作品を書いた。いや、だからこそ書いたのだ。そして、面白くするために工夫を凝らした。
             更には、東京の地名が印象に残るようなストーリーを組み立てることを考えた。多分「塵埃は語る」は、そのひとつなのだ。
             誘拐事件に巻き込まれた俊夫くんは、目隠しをされたまま自動車で連れ回され軟禁される。軟禁場所では汽車の通る音を聞き、また、雨戸の節穴から寺の屋根と門を見る。
            (注意! この先、論の展開のためにやむを得ないネタバレあります。)
             再び目隠しをされ、連れ回された後に解放された俊夫くんは、一味の隠れ家を見事につきとめる。彼は隙をみて軟禁場所から塵埃(ほこり)を持ち帰っており、それを顕微鏡にかけて言うのだ。
            「塵埃(ほこり)の中に、小麦の粉とカルシウムと粘土の粉とがまじっているのです。ですから製粉工場とセメント会社が近くにあって、しかも、鉄道が通っているところです」 
             それに、刑事がこう応じる。
            「それなら、日暮里です」
            「では、日暮里のお寺を捜せばよい」
             
             かくして、一件落着。
             先のエッセイで、ハドソン河畔にポーの小説を、ベーカー街にシャーロック・ホームズを、巴里の街にルコック探偵を思い浮かべる「この上ない楽しさ」を述べた小酒井不木である。その楽しさが東京でも実現できないかと考えたのだろう。
             その試みは成功した。私事で恐縮だが、地方出身の宮野が初めて意識した東京の地名は「日暮里」だった。この作品とともに、記憶に焼きついた。いまだに電車に乗って日暮里のあたりを通り過ぎる時は、「ここは、俊夫くんが軟禁されたところね♪」と思ってしまう。 
             また、この作品は宮野を「SF評論」に目覚めさせるきっかけにもなった。
            「これは嘘だ。顕微鏡だけで、小麦の粉とカルシウムと粘土の粉とわかるわけがない」
             本をのぞきこんだ宮野の父が、無粋なツッコミを入れてきたからである。
            「近くに製粉工場とセメント会社があるから、それによって推測するということなら話はわかる。その逆は無理だ。しかも、この量で、この時代の顕微鏡で?」
             それがいかにあり得ないことであるかを、父は小学生の宮野に説いた。その内容はほとんど忘れてしまった。多分、小学生の理解のレベルを超えていたのだろう。宮野が理解できたのは、この話が分析化学を専門とする科学者の父の逆鱗に触れたということだけだった。
            「科学探偵だって? これのどこが『科学』なんだ? 全くのデタラメじゃないか」
             父の決めつけに「なんか違う」と思いながらも、反論できなかった。そのための言葉を持たなかったのだ。
             その10年後、大学生となった宮野は、学園祭で、あるSF作家の講演を聴いた。彼は、SFというジャンルの成立について語った。「疑似科学こそ、SFの生命」と述べた安部公房の有名な言葉もこの時初めて知った。「仮説によって日常性から飛翔するのがSFであり、科学はその仮説を形象化するための素材にすぎない」と聞いて、眼から鱗が落ちた。
            「そうか! 『塵埃は語る』はSFだったんだ! 微量物質での場所の特定という仮説を形象化した作品なんだ!!」
             作品の価値をこのような形で主張できるということに、宮野は深い感動を覚えた。
             その後に、小酒井不木が日本SFの始祖のひとりとされる人物であることを知った。  
             そんなわけで、
             「塵埃は語る」は宮野の原点である。「東京SF」の原点であると同時に、「SF評論」の原点でもあり、執筆活動の原点へと宮野を導いた作品ともなった。
             これがなかったら、多分、宮野は今、ここにはいない。
                                          (宮野由梨香)


            (日暮里駅)
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